第86話 俺と親友の中学時代 ~選択~
俺は今、憧れの女子であり好きな女子に告白をされている。
こんな状況、数週間前の俺に想像できただろうか。いや、できない。
「ちょ、ちょっと……」
「うん?」
「考える時間を下さい……」
「いいよ、目的地に着くまでね」
なんていうヘタレな回答だろう。
自分でも見下げ果てるような行動だと思った。
漫画とかで見る、告白されて回答を保留するようなやつは情けないとか何を悩むことがあるとか思っていたが、実際に当事者になるとこんな気持ちになるのか。
即答できるわけがないな!
しかし、そんな俺の回答に満足してくれた有峰さんは、微笑みながら前を向いて歩き始めた。
長年悩んでいたことがばっちり解決したように、すっきりとした表情だ。
「ごめん、目的地行く前にちょっと公園寄っていい?」
「そうだよね。歩きながらに考えられるようなことじゃないよね。でも、今ここで言わないと、何か、もう言えないような気がして……」
「紗季……」
有峰さんの言葉を聞いて、俺は思わず立ち止まってしまう。
彼女がせっかく明るい顔をしていたのに、将来への不安みたいなもので神妙な顔になってしまった。
ただ、俺もきっと同じような顔をしていることだろう。
俺は彼女より複雑な心境なんだから。
◆◇
二人でベンチに座り、雲の間から覗かせる太陽の光を浴びてゆったりとした時間を過ごす。
今日は雲が多い、予報でも言っていたがもう少しで雨が降りそうだ。
奇しくもあの時と同じような状況となったが、その時より心地よい無言の時間が流れている。
ぼーっと空を見ているだけなのに、どうしてこんなに心が安らぐのだろうか、手を重ね合わせているからだろうか。
「さっきのことなんだけど、なんで嫌な予感がしているんだ?」
「うん? だって、お兄ちゃんが行くところを予め言わないのなんて初めてなんだもん。それにそのキリッとしたかっこいい顔。きっと、私にとって重要な場所に行くと思ったから。お兄ちゃんの妹を舐めないでほしい」
「そうか……」
お互いに顔を向けて目を話すわけでなく、空を見て口を動かすだけ。
今の俺たちには顔色をうかがう必要なんてない、触れ合ったところからすべてが伝わってくる。
逆に言えば、今の俺の苦悩も伝わっているはずだ。
俺はこれから彼女を彼女の家に連れていくつもりだった。
そこで事のあらましを包み隠さず言って、彼女がどのような反応をするかは分からない。
お医者さんも叔母さんの許可も、『今の快調な彼女なら耐えられるはず』ということでもらった。
むしろ、『お前が言ってダメなら誰が言ってもダメだ。お前に言うも言わないも全て任せる』と、若干の責任転嫁とも感じられる言葉ももらった。
それでも彼女が耐えられず、もう一度殻にこもってしまうかもしれないがそれも承知の上だ。
……承知の上だったんだ。
告白によってまったく事情が変わった。
彼女の告白は俺に対する家族愛が発展してできたものだ。
親に捨てられたという心にすり減ったところを俺というもので補填した結果の恋心。
そこに俺が家族ではないとと言ったらどうなるだろうか?
きっと俺に対する恋心というものは無くなってしまうだろう。
だってお兄ちゃんと言っていた男はただの他人だったんだから。
なので、これは俺と有峰さんの関係性にとって一番の分岐点。
このまま家に行かず、告白に答えたら彼女と付き合うことができるだろう。
それは俺が感じたことのないほどの充足感と幸せで満たされるに違いない。
これほどまでの美人と付き合うことができるなんて、今後の人生はおろか来世以降でもないはずだ。
こんな目の前にある幸せを、俺はどうしたらいいのか。
ああ、答えは簡単じゃないか。
「よし、行こうか。有峰さん。今から行くのは、あなたの家だ」
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