第84話 俺と親友の中学時代 ~認識~
そうして有峰さんと並んで歩いていると、最初に彼女と会った河川敷に着いた、
その時と同じ場所に座ってみる。
「この河川敷、なんか……なんだろう。懐かしいというか、夢見心地というか……」
「なんか、感じるものがあるのか?」
俺はこの場所に彼女が立ち直るヒントがあるんじゃないかと思ってきた。
だから、彼女に思うところがあるならぜひとも聞きたい。
「うーんなんだろうね。なんか込み上げるものがある……気がする」
「そっか」
彼女が頭を抑え、苦しそうにし始めた。
「忘れちゃいけない何かを忘れている? うーん、うーーーーん」
「まぁまぁいいじゃないか。今はゆっくりと休もう。」
本格的に苦悶とし始めたので思い出そうとするのを中断させる。
無理をしてこれ以上苦しそうにしている有峰さんを俺は見たくない。
「まぁ、いい場所だろ? 俺の友人が教えてくれた場所なんだ。もうちょっとゆっくりしていこうぜ」
「ふーん、お兄ちゃんの友達が教えてくれた場所ねー。私も気に入っちゃった。だけど、その友達はどんな人なの?」
「そうだなー。何をするにも完璧で無敵な人に見えるけど実は年相応の女の子、って感じだったな」
「……」
太陽に照らされて宝石のようにきらきらと光る川を見ながら、俺は訊かれたことをぼんやりと答えた。
なぜだろう、今は無性にあの川に向かって石を投げたい。
俺が投げられるような石がないかあたりを見渡してみると、有峰さんが黙ってこっちを見ているのに気付いた。
そして彼女は黙って腕を伸ばして俺の手の甲を思いっきりつねった。
「いてて、痛い、痛いって」
「友達が女の子なんて聞いてない。そうなら言わないでほしかった」
彼女はそっぽを向きながらも、まだ手をつねり続ける。
俺の方から彼女の顔色は見えないが、どうせ彼女は今も無表情のはずだ。
そう思いながらも彼女を見ると、彼女の細い輪郭が髪からはみ出しているのが見えた。
あれ、もしかして……。
俺は慌てて彼女の手を払いのけ、彼女の顔を両手で挟んでこちらに向かせた。
そして俺の視界に入ってきたのは、頬を膨らませた彼女の顔だった。
目じりには軽く光るものがあり、顔には明確な怒りというものが見えた。
「は、はは……」
「なに、その顔。お兄ちゃん、なんかムカつく」
俺が思わず嬉し泣きしてしまうと、
何がきっかけかは分からないが、彼女の感情が戻ってきてくれて感極まってしまった。
河川敷に来たからか、それとも俺への嫉妬心なのか、まぁ、それは些細なことか。
嫉妬の相手は過去の自分なのは、少し滑稽かもしれない。
「あれ、久野君。ここで何してるの? いや、ほんとに何してるの!」
「えっ?」
いきなり話しかけられてびっくりしながら振り向くと、そこには以前の大会で彼女と戦ったうちの学校の女子がいた。
額には汗を浮かべ、運動着を着ていることから察するに河川敷をランニングしていたらしい。
その子は俺と同じように、有峰さんに負けているのをすごい悔しがっていたからな。
人知れずこっそりと走り込んでいたんだろう。
本当に健気な子だ。
……うん。
あれ、この状況まずくね?
ライバル校に女子と河川敷で並んで座って、ましてや顔を両手で挟んでいるのを見られている。
「ごめん、ちょっと説明する時間を下さい。」
「久野君って、そういう人だったんだね……」
「待って!」
◆◇
目の前の川では、有峰さんが裸足になって水を蹴っている。
もう何もかもが眩しく見えるほど川も彼女も輝いていて、本当に今井の西洋画みたいだ。
「そう言うことだったんだね。最近、有峰さんが大会にも練習試合にもいないから不思議に思ってたんだけど、そんなことになってたんだ。へー」
「そうなんだよ。黙っててごめんな」
「しょうがないよ。私はそこまで有峰さんと仲良くなかったし、仲良くてもここまでのことはできないよ」
「ここまで?」
俺はその子の言葉に首をひねった。
俺は有峰さんの状況を説明しただけで、何をしたとか具体的なことは言ってない。
毎日慰めるために頭を撫でているとかもいうことはできないし。
「分かるよ、言わなくても。だって最近、久野君は学校にいるときはずっと死んだ顔しているし、部活に来なくなったし。私はずっと見てたから分かるよ」
「そんな顔してたかな」
「してたよ。なんなら他の人に聞いてくれてもいいよ。まぁ、なんで暗い顔してたのかっていう理由は分からなかったけど、やっと分かってすっきりした!」
そう言ってその子は立ち上がり、体を伸ばした。
話は終わったからランニングを続けるようだ。
「でも、やっぱり久野君って有峰さんのことが好きなんだね」
「い、いやそんなことは……」
「誤魔化さないでよ。好きでもないとここまでしない、というかできないって」
「違うよ。ただ、支えてあげたかっただけで……」
「それが好きっていう感情なんだよ」
そんなもんなのか?
俺にはまだ分からない感情を、その子はどうやらすでに知っているらしい。
ませてるなー、今の女子中学生って
「じゃあ、私はもう行くね。なんかすごい走りたい気分なんだよね。走ると嫌なことやむしゃくしゃした気持ちがリセットされるからさ」
「そっか、頑張れよ」
「久野君もね。じゃあ、また学校でね」
そう言ってその子は振り返ることもせず、夏なのにフードをかぶって走って行った。
日焼けしたくないのかな?
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