第83話 俺と親友の中学時代 ~現状~
「お兄ちゃん、今日はどこに連れて行ってくれるの?」
太陽の日差しが白い部屋をきらきらと照らす中、有峰さんは俺の手を強く握りながら訊いてきた。
彼女のか細くなった手にバドミントンをしていた人の見る影はなく、今や身体的にも精神的にもあの頃の有峰さんはいないんだと実感させられる。
俺はどこか愁いを帯びた目で彼女を見ると、窓から入る風が彼女の長い髪をさらりと撫でた。
当の本人はそんなことを気にもせず、その無機質な顔で俺を見つめ返す。
白い病室に美少女、こんな絶景に一つの暗雲。
本当に惜しいなと思いながら、俺は質問に答えていなかったことを思い出した。
「そうだね、今日は河川敷を散歩しようか」
「えー、この前行ったじゃん」
「いやか?」
「ううん、お兄ちゃんと行くならどこでもいいよ」
そう言って彼女は手を握るだけで事足らず、ぎゅっと腕を組んできた。
この言葉と行動だけ見るならこれ以上ないほどに可愛い妹と言ったところだが、彼女は俺の妹ではない。俺の尊敬する人だ。
そんな俺にとっての英雄がこうやって俺に甘えて来て、そんな変わってしまった彼女直視したくないと思う俺と喜びを感じてしまっている俺がいる。
そんな俺が心底嫌いだ。
「じゃあ、お医者さんに外出許可を取ってくるから手を離してくれないか?」
「いや!」
俺が優しく彼女に手を離すように諭すと、ヒステリックを起こした彼女のかなぎり声が院内を駆け巡った。
「お願いだから捨てないで、離れないで……。なんだってするから、邪魔にならないように部屋から出ないようにするし、何も言わないから……。だから、だから、私を一人にしないで……」
「紗季……」
唐突に泣き震え始めた彼女に、俺は慣れた手つきで彼女の頭を軽く撫で落ち着かせる。
こうすると大体、彼女は落ち着いた子犬のようになる。
「じゃあ、一緒に行くか」
「うん、ありがとう」
結局、俺たちは腕を組んだまま廊下を歩いてお医者さんのもとへ歩き始めた。
また彼女を一人にすることはできなかった。
彼女を一人になることを慣れさせて、精神的な成長を促した方がいいのに、彼女へのやさしさが邪魔をする。
優しさが時には人を傷つけるというのに。
◆◇
俺たちは手をつないで町を歩く。
夏は終わったというのに残暑は酷く、つないだ手のひらが汗をかき始めた。
「なんかね、最近感じることがあるの」
「どうしたんだ? いきなり」
「お兄ちゃんとこうして手をつないで歩いていると、こう、胸がドキドキするの……」
「……」
「これも持病の一種なのかな?」
有峰さんが胸を空いた手で押さえながら俺に首をかしげてきた。
俺は彼女になにが原因で入院しているのか訊かれたとき、適当に症状だけを伝えて誤魔化していた。
はっきりと嘘の病名を伝えると、バレた時に取り返しのないことになりそうだし、大体のことはこの方法でどうにかなりそうだと思ったからだ。
一応、叔母さんにも許可は取っているから大丈夫なはず。
「うーん、そうなのかもしれないな」
「でも、この病気おかしいよ。お兄ちゃんに近づけば近づくほど悪化するし、離れれば離れるほどに症状が引きつけられるような感じになるの」
「任せろ、どんな病気でも俺が治してやるって」
「うん、期待しているよ。お兄ちゃん」
有峰さんの闘病生活が始まって数週間が立っているが、未だにトラウマ克服の兆しは見えない。
むしろ、家族認定された俺を依存相手とみなして重い感情を持ち始めている。
本来なら、彼女に好意を持たれて喜ばない男性などいないと断言できるほどに今の状況は恵まれているのだが、これはあくまで家族的な意味の好意であるし、正常な状態ではない。
精神的に不安定な時期を狙って口説くのなんて最低な行為であると思っている俺は、病気やこの話題が出た時は必ず、『俺が必ず治す』と言うことにしていた。
こう言っておけば彼女の負担は少しでも軽減されるだろうし、彼女の症状を治すという覚悟とやる気が出るのを自分でも感じる。
一秒でも早く、俺の尊敬する有峰さんに戻ってほしい。
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