第80話 俺と親友の中学時代 ~記憶~
それから数日。
有峰さんは入院することになった。
俺が発見した有峰さんはあまりにも細く、反応が無かった。
さすがにその様子や体調では元気そうには見えなかったので、大事にして申し訳なかったが救急車を呼んだからだ。
救急車が来て有峰さんが救急車に乗せられると、俺も救急車に乗るようにお願いされた。
残念ながら俺は血縁者ではないので断ろうとも思ったが、彼女が心配だし他に乗る人もいないので同乗させてもらった。
有峰さんは救急車内での軽い検査によって栄養失調だと診断された。
病院での本格的な検査はまだ受けていないが、そこまで深刻な症状ではないらしい。
救急車の隊員さんに『もう一日でも遅かったら危ない状態だった』と言われたので、一大事になりかけていたことには間違いないようだが。
病院に着いてからというもの、そこからは厳しい現実が立ち塞がっていた。
有峰さんが軽い栄養失調だと診断され、検査や点滴などを受けたのは良い。
意識自体はもともとあったらしく、それほどの問題にはならなかった。
そう、身体的には特に問題はなかった。
しかし、精神的にはそういかなかった。
彼女を発見した時には意識はあったのだ。あったのにも関わらず、返事はなかった。
それは今でも変わらず、感情はなく喋ることも少ない。
その結果、精神病と診断された。
なぜそうなったのかは本人が何も言わないので詳しくは分からない。
ただ、予想はできる。
有峰さんが入院してからというもの、彼女の親に連絡ができていない。両方の親どちらにもだ。
普通の家庭なら親は必ずお見舞いに来る、というよりこんな状況にはならないはずだ。
その代わりに連絡が取れた叔母さんは来て、親の代わりの手続きはしてくれた。
叔母さんは優しく、有峰さんのことを第一に考えて行動してくれていることが良く伝わる。
◆◇
そして今日、俺は入院後初めてのお見舞いに来ていた。
こういう時に学生というものは不便だ。
平日や部活がある休日は来ることができないし、病院の受付では不審な顔をされる。
「すいません。彼女は精神的に不安定な状況でして、近親者のみ面会が許可されているんですよ」
「そうなんですね。でも、僕は彼女の友人でして……」
自分でも苦しい言い訳だと思った。
家族や親族しか面会はできないと言っているのに、友人という弱いつながりの名前で押し切ろうとしているのだ。
精神病の患者は、下手に刺激を与えてしまうと症状が悪化したり、過激な行動に出てしまう可能性があるため面会を制限する場合がある。
これは厚生労働大臣が決めているのでただの中学生にはどうしようもない。
「すいません。これもルールなので譲歩することができないんですよ。あなたも友人なら、友達の今の気持ちがわかるでしょう? 友達のためだと思って我慢してください」
「うっ」
受付の看護師さんの言葉に、俺は声が詰まった。
きっと、俺の一歩も退かない姿を見て、心に来るような言葉をわざと選んで使ったのだろう。
正直、看護師さんの言葉はぐうの音も出ないようなど正論なので言い返すことはできない。
駄々をこねたところで面会ができるわけではないので今日は帰ろう。
明日なら受付の人が代わってちょっとは許してくれるかもしれない。
「あら、君は有峰君の……」
「え?」
帰ろうと踵を返したときに、知らないおじさんに話しかけられた。
お爺さんの一歩手前ぐらいの老けた顔つきに、いくらかの白髪が彼のダンディーさを醸し出している。
きっと数年も経てばハンサムな人になるだろう。
それがこの白衣を着たおじさんに抱いた印象だった。
「君は有峰君の連れの人じゃないかね。お見舞いに行かないのかい?」
「行きたいんですけど……」
なぜか俺のことを覚えていたおじさんの視線を、俺は右から左に受付さんに受け流した。
「ドクター! 彼はただの友人ですよ! 面会は許されないはずです!」
「まぁまぁ、良いじゃないか。彼女の友人で面会に着たのは彼が初めてだし、彼次第で今後を考えていけばいいじゃないか」
ドクターと呼ばれているおじさんは、俺の目を何かを見通すような目で見てきた。
ゾクッとするようなこの目線を俺は今後忘れられないだろう。
「ほら、行きなさい。彼女は四階の一番端にいるよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
俺はおじさんに感謝をしながら階段を駆け上った。
病院で走るなんて学校の廊下を走るよりはるかにいけないことだが仕方ない。
おじさんのことは俺はきっと忘れないだろう。
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