第77話 俺と親友の中学時代 ~初恋~
「なるほど。本当に心配かけちゃってるね。ごめんね……」
「そんな畏まらなくても……。とりあえず、病気とかじゃなくてよかったよ」
「うん、それは大丈夫」
俺がここに来た理由、みんなが心配していたという旨を有峰さんに伝えると、彼女は本当に申し訳なさそうな顔をした。
今日会ってから、一度も彼女の笑顔を見ていない。
むしろ、見たことが無いような悲しげな顔ばかりだ。
「なんか大変そうだね」
「まぁ、そうだね」
「「……」」
二人の間に静寂が訪れる。
暗い雰囲気からお茶ら桁雰囲気にできるような話術は持っていないし、持っていたとしてもさすがに今回ばかりは無理だっただろう。
訊きたいことはたくさんあるのに訊くことができない俺と、人に心配をかけたくないとばかりに何も言おうとしない有峰さん。
勇気を出して言ったところで彼女が答えてくれるとは限らないし、なによりも俺たちの仲がこれで決まってしまう気がする。
訊いて答えてくれないなら、所詮はその程度だったということ。
……あれ、月に一回試合をする程度なのに、俺はなにをおこがましいことを思っているんだろう。
浮かれているのか?
「とりあえず、今日は帰るよ。生存確認はしたし」
「あっ……、うん。そうだね」
家での話を盗み聞きしたことは伝えず、俺はその場を去ろうとする。
ただその刹那、弱った顔を有峰さんが見せた……ような気がする。
心が不安定なら友人として一緒にいた方が良かっただろうが、見直してみると何もなかったようなすまし顔だった。
俺の幻覚だったんだろうか?
「でも、相談したくなったら人に言うんだぞ。学校の友人でも、最悪の場合は俺でもいいぞ!」
「いや、申し訳ないよ。でも、本当につらかったときは言うね」
「ああそうしてくれ、じゃあな。次はシングルスやろうな!」
そうして俺は河川敷を後にして、家に帰ろうとした。
土手から立ち上がって、歩き始めてから数歩。
後ろの有峰さんから呼び止められた。
「賢太くん!」
「ありがとうねっ」
有峰さんの笑顔を今日初めて見た。
しかし、その笑顔はどう見ても作り物で、不安感がぬぐい消えていない。
こんな笑顔をするぐらいなら素直につらい顔をしてほしい。
こっちの方が痛ましいより痛ましく見えるだろう。
逆に言えば、彼女は俺のことを考えて無理してまで笑顔で見送ってくれたのだ。
心の底から彼女を尊敬する。
◆◇
そうして俺は自転車を押して帰る。
せっかく自転車に乗ってきたのだから、漕いで帰ればいいと思われるだろう。
今は考え事がしたいのだ。
こんな心理状態で自転車を運転したら、気が付いたら知らない場所に着いたり、事故ってしまいそうだ。
顧問に言われたように、事情だけでも訊きたかったがどうしようもなかった。
家の様子を見た限り、複雑な家庭の事情なのだろう。
そんなものに部外者の俺が入れるはずがないし、入れたところで焼き石に水だ。
だから俺にできることは何もない。
……。
そんなことは分かっている。
分かってはいるが、それでも彼女の力になりたい。
そんなことを思っていたら、『相談してくれ』などと言ってしまった。
俺らしくもない、とても臭いセリフ。
友達ならだれでもいいと言ったが、できることなら俺に相談してほしい。
こんなことを考えてしまっている俺は、とんでもなく気持ちが悪い。
自覚はしている。
自分でも驚いているのだ。
まさか、自分がこれほどまでに誰かのために何かができるとは。
男というものは、女性のために尽くす生き物だと聞いたことがある。
そんなわけないだろうと、馬鹿にしていたし、テレビや漫画でそんなのを見ると痛い奴だと思っていたが、いざ自分がその立場になると世間体なんて気にしなくなる。
俺の場合、それがたまたま有峰さんだったということ。
有峰さんは本当に可愛い人だ。
顔だけで見れば、可愛い系より美人系だがそう言うことではない。すべてがかわいくいとおしいのだ。
初めて会ったときのお転婆な感じも、はじけるような笑顔も。
試合になるとそれが一転して凛々しく、かっこよくなるのも全てが好きだ。
あれ、俺は今何を思った?
そんな気持ちを持ったら、下心を持って近づく友人や男たちと一緒ではないか。
そんな感情、持ってはいけない。
持ってしまったら今までのように無邪気に話すことも、打ち合うこともなくなってしまう。
俺はただ、純粋に尊敬した人と一緒にいて、自分を高めたいだけなのだ。
例えるなら、師匠と弟子みたいな関係。
そんな関係でいいのだ。
俺は自分でも有峰さんへの感情が分からなくなってきている。
有峰さんを見ると、学校の友人より助けたくなるし、話すと幸せな気持ちになる。
他の男子と話していたり、打ち合っているのを見るともやっとする。
この気持ちは一体何だ?
初めて抱く異性への気持ちに動揺が隠せない。
だいぶ遅れた初恋か?
いや、まさかな……。
良く分からないが、それは違うだろう。
今は、彼女の純粋な笑顔がまた見るために頑張りたい。
この感情を考えるのはこの件が解決した後でいい。
それでいいではないか。
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