第65話 元カノとテニスサークル
「賢太君は大学のテニスサークルと聞いてどう思う?」
「偏見ありで考えていいのか?」
「うん、いいよ。むしろそれ込みで訊いたから」
愛奈はやさぐれながら訊いてきた質問に、俺はどう答えるものかと悩む。
大学のテニスサークルと聞いて、真っ先に思い浮かぶのはチャラいイメージ。
完全に偏見なのだが、テニスをするより飲み会をしている、いわゆる飲みサーとしての印象が強い。
それも、異性と仲良くなって色々とする悪印象。
どうしてテニスサークルって活動しているイメージがないのだろうか。
「なんか……、あんまり言いづらいんだけど、テニスはしてないイメージがあるね」
俺は精一杯の謙虚さで、テニスサークルを奥歯にもののはさまったような言い方で形容した。
偏見はありでいいと言われたが、さすがに『闇の深い飲みサーだよね!』とは口が裂けても言えない。
今の時代、差別や偏見は許されない。
「そうだよね。世間的にはテニスサークルはなんか悪いイメージがあるんだよね」
「でも、それはあくまで噂だろ? 実際のテニスサークルはどうだったんだよ」
「実際そうだったから尚更タチが悪いんだよね……」
「実際そうだったんかい!」
まさかうちの大学が実際に飲みサーだったことに驚きが隠せない。
そういうのって、都内の私立だけじゃなかったのか。(偏見)
うち地方の国立なんだけど。
「だから、大学ではテニスをやらなかったのか……」
「最初はそれでも、少しは期待を込めてやったんだよ?でも……」
そこで一旦間を空けて、一回呼吸を入れた愛奈の目は今にも雨が降りそうな雲のようだった。
体育館すべての空気を吸い取るかのように、大きく吸ったその一息には怒気と怨嗟が積もりに積もっていた。
「少しでもテニスがしたくて入ったのに、待っていたのは異常な接待。確かに入ってきた新入生を接待してサークルに入れさせるのは常套手段だけど、それにしては度が過ぎていたの。新入生歓迎会で無理にでもお酒を飲ませようとしてきたし、その男の先輩たちの目が完全に獣のようで怖かったし。でも私は賢太くんと一緒にお酒は飲みたかったから結局は断ったよ? だって、お酒で酔っぱらったら何が起きてもおかしくないもんね。だからお酒を利用して既成事実を創ろうと思っていたんだけど、やっぱりこれは浅はかな思いつきだったんだね。テニスサークルのお猿さんたちと同じ発想だったんだってきづかされたんだもん。で、その日はそれでどうにか済んだんだけど、グループに入るために渡した連絡先が先輩たちの中で回されたみたいで、執拗に連絡が来たんだよね。『大学の楽な履修の仕方知ってる?』みたいな、優しさの中に混じった下心が気持ち悪い迷惑メールもどきが来たり、『一緒にタピらない?』みたいな、直接的に口説いてくるやつがいたり。極めつけには、サークルでのお姫様扱い。私が何をするにも『代わるよ』とか言ってアピールしてくるし、私と話しただけで陰で他の男子に自慢しているし。おかげで、同級生の子に一線引かれて友達ができなかったよ。賢太くんとの約束だから、男子に媚びを売ってないのにこれなんだよ。私が賢太くんに会ってなかったら、今頃私はテニサーの姫になってたよ……」
愛奈は思っていたことをすべて吐き出したのか、少し息遣いが荒くなっている。
俺が優しさで飲みかけのスポーツドリンクを出してやると、俺が口づけたところに狙いを定めて飲み始めた。
まだ元気は一杯らしい。渡して損した。
でも、愛奈のマシンガンを超えたガトリングトークを聞いて俺は三つのことを知った。
一つ目は、一般人には分からない、美人には美人なりの苦悩があるということ。
二つ目は、絶対に愛奈とサシでは酒を飲まないということ。
そして三つめは、愛奈も愛奈で成長したということ。
前までの愛奈だったら、愛奈自身が言っていたようにテニスサークルを崩壊させていただろう。
お姫様扱いは、高校時代の愛奈が求めていたことだ。
しかし、今の愛奈はそれを断って、拒絶した。
どうやら、俺が愛奈と共に過ごした三年間は意味があったらしい。
このことで心が軽くなった俺は、紗季を探して体育館を見渡した。
今ならあいつに勝てる気がする。
それほどの力が俺にはみなぎっていた。
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