第64話 大会と記憶

「恥ずかしいから来ないでくれって言ったのにな」

「彼氏の晴れ舞台ですよ! 行くに決まっているじゃないですか!」


 うきうきとした表情で当たる愛奈をを尻目に、俺はうんざりした顔でプレーを続ける。

 授業参観の日に、親に来ないよう言っておいたはずなのに来たのと同じ悔しさを感じていたことを思い出した。

 この人、親と同じぐらい本気で声出して応援するんですよ。

 

「でも賢太、高校時代はそこそこの結果残していたからそんなに恥ずかしくもなかったでしょうよ」

「違うんだよ。応援されるということ自体が恥ずかしいんだよ……」

「そんなものかしら。私は応援されると力が湧くけれど」


 『私とは違うのね』というようなきっぱりとした顔で、ヘアピンを繰り出す紗季。

 お話ししながら急にヘアピンを出されると、俺は反応ができずシャトルが床に落ちる。


「あらごめんなさい」

「落とす時は言ってくれよ。基礎打ち中だろ」

「つい」


 そう言って紗季は、崩れた髪型を手櫛で梳かす。

 いきなり落としてきたのになんでこんなに白々しいんだろう。


「そういえば、賢太くんは私の試合も応援しに来てくれましたよね」

「そうよ、賢太も染井さんの試合応援行ってたじゃない」

「行ったっけな」

 

 十分にアップが済んだと思った俺は、コートから出て愛奈の隣に座る。

 そして愛奈が渡してくれたタオルで汗を拭いた。

 紗季は先輩に呼ばれて、別のコートで試合に参加させられている。


 やはり夏だけあって、アップしただけで滝のように汗が湧き出てくる。

 水分を摂取しないと、七月なのに本当に熱中症もあり得る。


 夏のスポーツというものは、暑さによって地獄と化す。

 屋外スポーツでは、夏の太陽による直射日光によって肌は焼けるし、温度も高い。

 なので、屋内スポーツは直射日光がないため楽だと思われる。

 しかし、バドミントンにその理屈は通用しない。

 日光は眩しいためカーテンを閉められ、窓も風を防ぐために閉められる。

 要するに、夏のバドミントンはサウナの中で運動すると言っても過言ではない。


「賢太くん、スポーツドリンクもありますよ?」

「お、良いのか。さんきゅ」


 尋常じゃなく汗をかいた俺を見て、保冷用ボトルホルダーに入ったスポーツドリンク手渡してくれる愛奈。

 マネージャーとして気が利くのはとても嬉しいのだが、汗をかいている俺に近づいてくるのは恥ずかしいからやめてほしい。

 年頃の男の子なんだから、匂いとかも気にしちゃうんだよ?


「大会の応援で思い出したけど、愛奈は大学でテニスはやってないのか?」

「やってたけど辞めたよ」

「えっ、なんで?」

「理由は色々とあるんだけど、賢太くんとの時間を無駄遣いしたくないからかなっ」


 くらくらするような満点の笑顔で言ってくる愛奈に、俺は引いてしまってどうリアクションを取ればいいのか分からない。

 とりあえず、注意しておくか。


「おい愛奈。せっかくのキャンパスライフだぞ。自分で望むような大学生活を送れよ」

「もちろんだよ。だからこの結果になったんじゃん」


 先ほどの笑顔から一ミリも愛奈の表情は変わっていないのに、狂気を感じる。

 意味が分かると怖い話かな?


 ただ、それだと申し訳なさがやばいので、どうにか説得する。


「中学からテニスやってたのにそんなことでやめちゃっていいのか? 諦めんなよ! 諦めんなよ、お前! どうしてそこでやめるんだ、そこで! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメ! 諦めたら! 周りのこと思えよ、応援してる人たちのこと思ってみろって! あともうちょっとのところなんだから! ずっとやってみろ! 必ず目標を達成できる! だからこそ――」

「賢太くんは勘違いしているよ」


 俺のとてつもない情熱の入った説得を、食い気味に俺の唇に人差し指を当てることで中止させた愛奈は、少し頬が膨らんでいた。

 どういう意味の不機嫌ですかそれは。


「確かに、賢太くんのための時間を取るためなのもあるけど、もう一つ大きな理由もあるんだよ?」

「理由?」

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