第62話 紗季の本性


 阿瀬さんの質問を受けて、私はぐっと考え込んだ。

 

 中学時代のあの出来事から、ずっと二人で過ごしてきた。

 高校でも、大学でも一番近くにいたと思う。

 厳密には違うが、一種の幼馴染的なものだと私は感じている。

 あいつがどう思っているかは分からないが、私はそう思っている。

 

 だから、きっと阿瀬さんが考えているような感情はない。

 幼馴染あるあるの内の一つに、そういう相手として見ることができないというものがある。

 幼馴染でそういう関係になるのなんて、二次元の世界だけの話。

 現実には、兄や弟が家族だと思うように、私にとって賢太は恩人であり家族。


 そもそも、私は賢太にとって親友というポジションで満足している。

 私が私であるのは、すべて賢太のおかげなのだ。

 こうして今笑っていられるのも、モデルとして仕事ができているのも賢太のおかげ。

 これ以上望むというのは欲張りというもの。


 だから、私は何も望まないし、期待しない。

 私は賢太にとって、至高の友人であり続ける。

 それが今の私、高峰紗季だ。


 ……なんだ、考えてみたら拍子抜けするほど簡単じゃない。

 私はあいつの親友であり、それで満足しているんだ。


「ばかね、特に何もないわよ。ただの、腐れ縁であり、親友なだけよ」

「で、でも……」


 私がきっぱりと否定したのにも関わらず、それでもなお、食いついてくる阿瀬さん。

 私の言葉だけでは腑に落ちていないらしい。

 

 そんなに疑われるようなことは何もないというのに。


「それとも何かしら、私がライバルになっていいわけ?」

「そ、それは困ります! 紗季先輩にはとても敵いそうにはありませんから」

「そうかしらね? でも、お似合いだと思うわ。頑張りなさい」


 謙遜してくれた可愛い後輩の頭を撫でながら、私は微笑んだ。


 あいつは本当に素晴らしい男だと思う。

 少なくとも、私が今までにあった男性の中では一番だ。

 顔は本人はあまり良くないと言っているが、実際は悪くない。むしろいい方だ。

 イケメンかどうかは人によって分かれるぐらいの顔だから謙遜しているが、少なくとも中の上から、上の下ぐらいはある。

 ……身内贔屓かもしれないけど。


 でも、彼の本当のいいところは顔ではない、性格なのだ。

 人のためなら自分のことを容易く犠牲にする性格。

 自分のことは置いといて、他人を勇猛果敢に助ける姿は頼もしくかっこいい。

 その性格ゆえに危ないことも色々とあったが、その正確に救われた人では何も言えない。

 言えるわけがない。

 

 本当に罪な男。


「でも、気をつけなよ? 賢太って、自覚がないだけで案外モテるんだから」

「えっ。そうなんですか? いや、まぁ、そうですよね」


 一瞬、『そんなわけないだろ』という顔をした阿瀬さんだが、思い当たる節があったのか、納得した顔になる。

 きっと彼女も私と同じような状況なのだろう。

 

「特に、元カノには気を付けた方がいいわね。あの女は強敵よ」

「賢太さんって彼女いたんですか⁉」

「ええ、いたわよ。今も未練たらたらな元カノがね」


 阿瀬さんは小さな口を限界まで開けて驚いた顔になった。

 今日話すまでは、真剣な表情と無表情の阿瀬さんしか見たことが無かったので、いちいち表情が新鮮に感じる。

 無表情もお人形さんみたいで絵になるが、やはり喜怒哀楽がはっきりとしていた方が魅力的だ。


「どうしましょう……」

「まぁ、頑張りなさい。応援してあげるから」

「本当ですか! やったー」


 両手を上げてはしゃぐ阿瀬さんを見て、私は失笑してしまう。

 本当にうれしいのだろう。


 本当に阿瀬さんは良い子だ。


 私は賢太のことを大事に思っている、だからこそ、あいつには幸せになってほしい。

 阿瀬さんと、悔しいことにあの女は私にはないものを持っている。

 

 賢太を幸せにする資格が。

  

 ああ、阿瀬さんが私より魅力的でよかった。

 

 じゃなかったら――


 私は、賢太の親友だから、賢太のために何でもして見せる。

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