第56話 車いす少女のお父さん
凛とくだらない茶番をしていると、早く時間は過ぎていく。
今日ももう、面会時間は終わりを告げようとしている。
あっ、終わると言えば、一番訊きたいことを訊いていなかった。
「そういえば、そろそろ退院するんだろ?」
「まぁ、そうですね」
「退院祝いとかしないといけないな」
「えっ、なんですかそれー。いいですよー、そんなのー」
凛は口では断りながらも、まんざらではない感じを出す。
控えめに出された落ち着けのハンドサインがすごい腹立つ。
こういうのって、本人が謙虚である方が心からお祝いできるよね。
「分かった。じゃあしない」
俺は天邪鬼に退院祝いをやめることを仄めかす。
「……してよぉ!」
そういうと、凛は俺が思っている以上の悲嘆さで、俺に縋りついてきた。
ベッドの上から俺の服を思いっきり引っ張るのをみるに、本当にやってほしいらしい。
若干声も鼻声になりかけているし。
まぁ、長い入院で辛かっただろうし、しょうがないか。
「賢太さんは鬼なんですかぁ。一年近くいて、手術まで頑張ったのにそんなことないですよ!」
「だって、退院祝いが当たり前みたいな顔してたから」
「ごめんなさい。謝るからやってください。この通りです……。費用払ってもいいですから……」
急にしおらしくなって頭まで下げられると、こちら側が罪悪感を持ってしまう。
そこまで期待していたのなら、思いっきり楽しめるものにしてあげないと可哀想だ。
家に帰ったら、計画を立てて見よう。
◆◇
「じゃあな」
「では、またです!」
最後に凛に手を振って、俺は病室の扉を閉めた。
……。
ふぅ、今日もドキドキさせられた。
凛と仲良くなってから、日に日に積極的なコミュニケーションをとっている気がする。
それほど仲が深まっているとも言えるが、なんかそれとは雰囲気が違う。
ただの男友達ではしないような行動も多い。
さては、友達じゃなくて恩人として見られている?
そうならそうと、今後の接し方も考えないとな。
そうして考えながら帰路に就こうとした瞬間。
「君が久野賢太くんかい?」
「えっ、あ、はい。そうですけど……」
廊下で知らないおじさんに話しかけられた。
歳は俺の親と変わらないぐらいだが、かなり若く見える。
それも服装や雰囲気がかっこいいからだろうか、なぜか彼の前では畏まってしまう。
院長と同種のオーラを感じてしまうのはなぜだろうか。
「おっと、私としたことが自己紹介をしていないね。私は君が世話をしてくれている凛の父親だ」
「……お、おとうさん!?」
「悪いが、お義父さん呼びは許してない。阿瀬さんと呼んでくれ」
あれ?
早速だけど会話噛み合ってない?
◆◇
そうして知らないおじさんに誘拐されて、俺は近くのカフェに連れていかれた。
このカフェ自体は何回も来たことはあったが、同伴者が違うと感受性や居心地がここまで変わるとは知らなかった。
正直言って、すごい怖い。
友人のお父さんと二人でコーヒー飲むなんてこと、人生には一回もないと思っていた。
例えるなら、一日中全部の信号待ちが無いぐらいだろうか。
緊張のしすぎで自分でも何言ってるか分からなくなってきた。
「なんで私が君を連行したかわかるかい?」
「連行じゃないですよ。誘拐ですよ、拉致ですよ。」
「人聞きの悪いことを言わないでほしい。コーヒーだって奢っているんだから」
そう言って阿瀬さんは領収書を俺に見えるようにひらひらと揺らして見せる。
こういう子供っぽい言い方や、行動は凛に似ていて、本当に親だと感じる。
俺は遠慮して一番安いコーヒーを選んだことに、阿瀬さんは果たして気付いているのだろうか。
「分かんないですよ。僕が何か凛にしましたか?」
「凛……? 凛って言ったのか……君」
阿瀬さんは領収書を置いて、手にかけたコーヒーカップが震えだした。
コーヒーがこぼれそうになってるんですけど……。
あなたはブルーマウンテンとかいう高いの頼んだんだから、勿体ないですよ。
「は、はい、そうですけど。もしかして名前違いました?」
「いや、私たちが凛とした美しい女性になってほしいという祈りを込めたその名前に間違いはない。祈り通りの子に育ったが、大事なのはそこじゃないんだ」
「え? じゃあ、一体なに――」
「呼び方だよ! そんな呼び方、お父さんは認めません!」
えー?
隙を見せてないのに愛娘自慢入ったし、めっちゃ早口だったし、なんかめんどくさい反応してる。
「私はな、君に感謝をしているとともに、恨みを持っているんだ」
さらにめんどくさいこと言いだした。
なんだこいつー。
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