第57話 車いす少女の正体

「どっちなんですか? それ」

 

 俺は阿瀬さんの言葉が理解できず、頭を捻る。

 感謝は恨みから一番遠い感情なはずだが。


「そうだな。君にはしっかり話しておかないといけないな」


 阿瀬さんはそう言って、一度深呼吸をする。

 何回も修羅場をくぐってきたであろう人は、息を吸うだけで雰囲気を変える。

 ふざけていた空気が真面目なものに変わったのを感じる。

 ふざけた空気を出したのは阿瀬さんだが。

 

 そして、阿瀬さんは重い口を開いた。


「凛が君と会ってから、変わったんだ」

「はい?」

「なんだその顔は。君のおかげで、いや、君のせいで凛は成長した」


 阿瀬さんは嬉しそうで、そして気に食わないような微妙な顔をしている。

 まるで、俺に恩があるのがとても嫌なように。


 また僕何かしちゃいました?

 本当に今回ばかりは心当たりがない。


「ちょっと待ってください。どういうことですか?」

「今一度説明しろというのか君は。本当に気に食わんやつだ」


 ついに俺を気に食わないと明言した阿瀬さんは、思いっきり眉をひそめている。

 なんだったら、眉をひそめながら顔をしかめている。

 ちょっとはその嫌悪感を隠してほしい、これではどっちが子供か分からないではないか。


 しかし、それも一瞬のことで、阿瀬さんは昔のことを思い出すかのように顔を上げた。


「凛はあの病気になってからすっかり塞ぎこんでしまった。その塞ぎようは困ったもので、看護師はおろか親の私たちが病室に行っても何も言わないほどだった」

「そうなんですか?」

「ああ。話したとしても、一言や二言だ。病気で体がつらいのは分かっていたが、それ以上に精神的にやられてしまっていたんだ。凛は運動が得意だったし、容姿にも自信を持っていた。しかし、それをすべて失った凛は、ただ病室の窓から通っていた高校を見るだけになってしまった」

「……」

「しかし、それも凛が君と出会ってまでの話だ」


 阿瀬さんは一旦休憩とばかりに、コーヒーに口をつけた。

 そして飲み終わったコーヒーカップを置くと、俺をまっすぐに見つめてきた。


 それは俺を射抜くような、そして言葉では伝えられない思いが乗っているような、そんな気がした。


「君は一体凛に何をしたんだ?」

「『何を』って言われましても……。特に……」

「ある日を境に、凛が君の話しかしなくなったんだぞ! しかもなんか最近凛が色づいてきたし、『特に』で済ませられるか!」

「知るかよっ! 本当になんもしてないわ!」


 ひどい冤罪もあったものだ。ただ悩みを聞いてあげて、やさしい言葉をかけただけだというのに。


 ……。


 もしかしてこれ?


「どうしたんだ急に押し黙って。もしやお前、父である私に言えないことを凛にしたのか?」

「い、いやそういう訳で――」

「やっちまうぞ貴様ぁーーー」


 やばい、野生のおじさんが、首を絞めようとバトルを仕掛けてきた!


◆◇


「落ち着きましたか? これで僕が何もしてないことを分かってくれたはずです」

「むー」


 俺はカフェの店員と協力して阿瀬さんを鎮静化した後、ゆっくりと凛との出来事を話した。

 特に話せないようなやましいこともないので、阿瀬さんは渋々とだが、納得してくれた。

 きっと。多分。メイビー、パーハプス、プロバブリー。まぁ全部多分って意味なんですけどね。


「尚更意味が分からんな。こんなどこの馬の骨か分からない奴の言葉を、親である私より聞き入れるとは」

「嫌われてるんじゃないですか」

「次冗談でもそれを言ってみろ、コンクリートに埋めるからな」


 全く阿瀬さんは納得してなかったし、殺害予告されるしでもう帰りたいんだが。


「もういいですか? 僕帰りますよ」

「いや待て。もう一つ話したいことがあるんだ」

「なんですか? 手短にしてくれないと、凛に親ばかに絡まれたって通報しますよ」

「早く終わらせるから、それは勘弁してくれ」


 阿瀬さんは俺の言葉がそれほど効いたのか、額に脂汗を浮かべた。

 

 この男、本当に親ばかなんだな。

 なんか俺を毛嫌いしてる理由も分かってきたぞ。


「聞くところによると、今度、私がスポンサーをしてるテレビに出るそうじゃないか」

「なんですか、それ? そんなの――」


 『ないですよ』と言おうした口を俺は閉じることしかできなかった。

 思い当たる節があったからだ。

 もしかしてこの人……。


「その態度を見るに、心当たりがあるようだな」


 阿瀬さんが悪そうに、にやにやとした笑顔で俺を見る。

 俺が困っているのを見て楽しんでいるらしい、心底性格の悪い人だ。

 本当に、凛の遺伝子の半分はこの人のなのか?


「もしかして、阿瀬さんって、あの有名な阿瀬カンパニーの……」

「そうだ。ここら辺で有名な有力企業の阿瀬だ。どうだ参ったか!」


 阿瀬さんは腰に手を当てて、胸を張って言ってくる。

 ここらへんで一番大きな企業の社長のはずなのに、よくそんな恥ずかしいことができるな。


 ……って、そうじゃない。

 凛って社長令嬢だったのかよ!

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