第55話 車いす少女と手術
「手術の経過は順調か?」
「ええ、そりゃもう。おかげさまで」
凛が手術を受けてから一週間ほどが経った。
そこまでには色々な未練と覚悟があったが、彼女はすべてを乗り越えて今を掴んだ。
手術自体は難しいものではなく、特に問題も起きなかったと聞いている。
手術当初は力を手術に使って元気がなかったが、順調に元気になっているのを感じる。
現に、今もベッドの上で腕を回して証明している。
マエケン体操までしてるもん。負ける気せぇへん。
「後遺症とかないのか?」
「胸が……」
「え?」
「胸が無くなった……」
凛が胸を抱くようにしながら俯いて言った。
見るからに悪ふざけで、非現実的なことを言ってきた。
どうせあれだろ?
「胸じゃなくて、胸腺な。全然違うからな」
「胸取られた……」
「まだ言うか」
普通の女子高生なら知るはずがないので仕方ないが、胸腺は免疫に纏わる臓器である。
胸腺は四、五歳までは免疫づくりで忙しいが、そこからは脂肪みたいなものになるので摘出しても特に問題はない。
重症筋無力症の原因はいくつかあるが、一部の人は胸腺摘出で完治する。
未だになぜ治るのかというメカニズムは分かっていないらしいが。
だから、決して年頃の女子が気になっている胸は関係なく、胸を大きくする機能もない。
多分。
俺の呆れた視線に気づいた凛は、おふざけをやめて真面目にしょんぼりし始めた。
「それは冗談だとしても、胸に大きな傷跡が残ったんですけど」
「十センチほどだろ。気にすることないと思うが」
「ぴちぴち女子高生であり、未婚の女性が傷ついたんですよ! 気にしますよ!」
凛はそう言いながら患者衣をはだけさせて手術跡を見せようとしてくる。
俺はそれを見ないように目線を逸らす。
逸らす、そ、ら……す。
どうしても目は正直なもので、目が奪われてしまいそうになる。
だって、女性の肌だよ? 男子だったら誰だって見たくなるだろ!
そうして考えていると、俺の中の天使と悪魔が出てきた。
天使(愛奈似)「賢太くんには頭を下げれば見せてくれる女子がいるでしょ? だから見ちゃだめだよ!」
天使が理由はどうであれ、俺に見ることを止めてくる。
理由は最悪だけどな。
悪魔(紗季似)「今回が最後の機会でしょうね」
悪魔がなんの躊躇も修飾もなく事実を言った。
これを事実だと思ってしまう自分が憎い。
こんな最悪な天使と悪魔が今までにあっただろうか。
そんなくだらないことで悩んでいる中、ふと凛の顔を見るとすごい悪い顔をしていた。
いかにも、『えっ? 見るんですかー? それとも、見ないんですかー? 』といった年上を煽るような顔をしている。
つまり、凛は今、俺を試している。
……。
…………。
いやー、君には恥じらいや世間体というものが無いのかね?
未婚の女性が男性に肌を見せる方が由々しき事態だろ。
けしからんな。
「おやめなさい、お嬢さん」
「あれ? 見なくていいんですか?」
「悪いが、そういう機会は十分あるのでな」
思いっきり嘘をついた俺。
年下ということもあり、恋愛関係でも見栄を張りたかった。
でもすぐに見栄だと気づかれて温かい目で見られるだろう。
そう俺は覚悟したにもかかわらず、そんな気配はなかった。
凛を見ると、そこには呆気にとられた顔。
「えっ、賢太さんどういうことですか? それ」
「そ、そのままの意味だよ。俺はモテてしょうがないんダヨナー。アハハー」
「むー」
俺がいかにもな虚勢を張っているのにもかかわらず、凛はまったく疑うことはなく頬を膨らませた。
あれ、君の胸腺は懐疑心というものが入っていたのかい?
「と、とりあえず、私の体は穢れてしまいましたっ」
「女騎士か君は」
「手術を受けるように言ったなら、責任を取ってほしいです!」
「またかよ……」
凛が傷を見せつけるかの如く胸を張って、威圧的な態度に出る。
凛と話すと何かと責任問題になる。
「だって、こんな傷がついたらお嫁にいけないじゃないですかっ」
「すぐにふさがるだろ。唾でもつけとけよ」
「それセクハラですよ」
「なんでだよ!」
俺の良心を一刀両断した凛は、軽蔑した目で見てくる。
最近の社会はどうも生きにくい。
「今度、遊びに連れてってください!」
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