第52話 ヤンデレの家宅捜索

「こんにちは。久野くんっ」

「ああ、おはよう」


 紗季をクローゼットに押し込んだ後、紗季のいた痕跡を隠滅してから玄関を開けた。

 愛奈を待たせていた時間は、俺の体内時間では三十秒ほど。

 さすがの愛奈でもまさか紗季がいるとは思うまい。


「まぁ、上がってくれ」

「そうだね。失礼しますっ」


 愛奈は慣れた手つきで脱いだ靴をそろえる。

 行儀が良いと育ちの良さを感じる。

 そしてその光景を見ていると、通い妻みたいな感じがする。


「通い妻だなんて、賢太くんは口が上手いなー」

「なっ!」


 当たり前のように心を読んだ愛奈は、ぺたりと俺の胸に手のひらを置いた。

 家に入ったということで、世間からの目から隔離されて愛奈が積極的になっている。

 

 簡単にボディタッチしないでもらえますかね?

 そういうことで勘違いして泣く男子が生まれるんですよ。


「とりあえず、お茶ぐらい出してやるから、椅子に座ってな」

「ありがとう。そうさせてもらうね。……あれ?」

「どうした?」


 俺がキッチンでお湯の準備をしていると、リビングで愛奈が何かを見つけたらしい。

 リビングから不穏な空気が流れている。

 

 もしかしたら、紗季の何かが見つかったもしれない。

 しかし、、ここで慌ててはいけない。

 俺は嘘つくのが下手だからバレる。

 元カノや親友には一瞬でだ。

 

 だから、何があっても落ち着くんだ。ステイクール。


「賢太くんこの長い髪は何?」

「えっ!」


 チェックメイトだそれ!

 

 愛奈の言葉に動揺が隠せなかった。

 さすがに、紗季の細くきれいな髪までは片づける暇はなかった。


 なーにー。やっちまったな!

 

「賢太くん? もしかして知らない女を連れ込んでるの? 浮気なのかな? ねぇ、浮気だよね。浮気なんだよねぇ!」

「ち、違うって。しかも、浮気ってなんだよ……。浮気の三段活用もやめてくれよ」

「だったら、どういうことなの? 説明してよ。法律的には浮気した人って基本的に不利何だよ。それが分かってて浮気したの? だったら、私にもそれなりの法的措置は取らせて貰うよ」

「そ、それは……」

 

 キッチンにまでやってきて俺の首を絞め始めた愛奈をどうにか鎮めないといけない。

 そうしないと俺の首が着脱式になってしまう。


 しかも、ただでさえ言葉が強い愛奈が、法の知識まで手に入れつつある。

 鬼にパンジャンドラムじゃん。

 

 俺はとっさに良い言い訳を探す。

 そして思いついたのが……。


「か、」

「か?」

「か、母さんだよ。この前一人暮らしを偵察しに来たんだ。その時の髪が残ってたんだと思う」

「ふーん、本当? なんか誤魔化してない?」


 うん、自分でもひどいごまかしだと自覚している。


 愛奈の見透かすような冷たい視線に耐えられず俺は視線を逸らす。

 目を合わせた瞬間絶対に嘘だとバレる。


 だが、俺はこうなった愛奈の対処法を知っている。

 こういう時こそ、攻撃は最大の防御なのだ。


「あ、ああ。愛奈は母さんに合わせたことなかったよな。だから母さんの髪を知らないだけだ。そのうち証拠を出すよ」

「それって……」

「今度母さんに合わせるから落ち着いてくれ」

「賢太くんっ」

 

 愛奈は俺の首から手を離し、俺に抱き着いてくる。

 愛奈が喜びに打ち震えているが、俺はすごい悪い顔をしていた。

 

 ふっ、これだから愛奈はちょろくて助かるぜ。

 乙女心なんてこんなもんなんだよ。ぐへへ。


「おい、もういいだろ、愛奈。離れてくれないとお茶が淹れられない」

「もうお茶なんかいいから、このまま、しよ?」


 どす黒く濁った眼で俺に語り掛ける愛奈に、俺は頭を抱える。


 そうでした。

 高校時代からよく使っている技だから、こんな狂った愛情を覚えてしまったのでした。


◆◇


「やっぱり、賢太くんが入れる紅茶は最高だねっ。愛情が入っているからかな?」

「ごめんな。不純物混じってて」

「ううん。最高だよ!」


 俺の淹れた紅茶を全身で味わう愛奈をよそ目に、俺は本日二杯目のコーヒーを飲む。

 あまりカフェインを取ると、カフェイン中毒で頭が痛くなるから勘弁したいがしょうがない。

 

「賢太くんは今日初めてのコーヒー?」

「ああ、コーヒーは落ち着いて味わうものだからな」

「そっかー」


 俺がコーヒーを飲むのを躊躇しているのを見て疑問に思ったのか、俺に質問をしてくる愛奈。

 話題探しのつなぎ的な話題だったので、俺の返答にもあまり興味はなさそうだ。


 真面目に聞いていたら嘘だとバレていたことだろう。


「で、愛奈は結局何しに来たんだよ? 暇だけが理由じゃないだろ」

「さすが私の旦那さんだね。心が通じ合っているみたいっ」

「うん。で?」

「冷たいなぁ。まぁいっか」



「賢太くんはテレビ出たくない?」


 

 ……一緒じゃねぇか!

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