第51話 芸能界と彼女

「はぁ? 芸能界?」

「そう。芸能界」


 俺は一瞬、紗季が冗談を言っているのかと疑った。

 しかし、紗季の顔は真面目という他に形容できない表情だった。


 真面目な顔で冗談が言えるようになったのかな?


「どういうことだよ。さすがに説明がほしい」

「そうよね。説明しないで許諾を得られるとは思っていないわ」


 さすがの友人でも分からないものはある。

 俺は紗季の目を見ながらコーヒーをテーブルに置いた。


 そんな俺の誠意に答えるように、紗季は椅子を座りなおして姿勢を正した。

 真面目な話の開始の合図ということか。


「私、今度テレビに出るのよ」

「へー、おめでとう」

「だから一緒に出るわよ」

「……いや、説明下手か! 出るわけねぇだろ!」


 こんな人生でも珍しさトップクラスの出来事が二言でまとめられてたまるか。

 椅子座りなおした意味あった?

  

 そんな俺の返答は予想できそうなものなのに、紗季は意外そうな顔をした。

 俺が断るとはつゆにも思っていなかった顔をしている。


「賢太って自己顕示欲の塊だからこれで出ると思ったんだけど」

「はい、偏見。今の時代にそぐわない考え方すんな。レイシストの時代は終わったぞ」


 俺は不満だとばかりに、ティッシュを丸めて紗季に投げる。

 紗季はそれを冷静に空中で払って撃墜させる。


 顔色を一切変えずに撃ち落とす姿は非情だった。


「まぁそんなこと言ってても、出ることは決まっているんだけどね」

「え?」


 俺は次のティッシュ弾を用意していると、紗季の口から驚きのカミングアウトがされる。

 こいつなに言ってくれてるの?


 俺が驚愕で固まっているのを知らぬ存ぜぬで、紗季は言葉を続ける。


「まだ説明の途中だったのよ。しっかりと話を聞いてほしいものね」

「……。」

「私が出る番組は、地元の新米芸能人を集めて、その生活の実態を紹介するという密着番組なのよ。だから賢太には、友達として私の話をしてほしいの」

「…………。」

「私の中学時代や、高校時代の話が欲しいらしいから、VTRとして出ることになるわね。もちろん、ギャラも出るらしいから安心し――」

「大事なのはそこじゃねー!」


 俺は椅子から立ち上がり、テーブルを叩く。

 その拍子にカフェオレが波立って少しこぼれてしまった。


 しかし、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「なんで俺の出演が決まってるんだよ!」

「だって、私のことを良く知ってる人なんて賢太しかいないし」

「確かにそうかも知れないけどさぁ……」

「そもそも私をモデルを目指すように言ったのは賢太じゃない」

「それも確かにそうだけどさぁ……」

「私がもっと高みを目指せるように、責任取りなさいよ。テレビに出るなんて機会、滅多にないんだから」

「……」


 確かに、紗季をモデルにしたのは俺だが、それとこれでは話が違くないか?

 なんか力業で納得させられている気がする。


 ピンポーン。


 俺がテレビ出演を断る合理的で最適な解を探していると、部屋のインターホンが鳴った。


「一体誰だよ。今は忙しいんだが」

「宅配便かしらね」

「心当たり無いぞ」


 俺は考えすぎた頭を冷やしながらインターホンに出る。

 宗教の勧誘だったら紗季を捧げて供物にしよう。


「はい?」


 しかし、そこに映ってたのは、配達でも宗教でもない。

 もっとタチの悪いものだった。


「賢太くん。来ちゃった……」


 インターホンのカメラ越しでも、計算尽くされた上目遣いを見せる愛奈の姿がそこに映っていた。

 インターホンに映る人と声で、俺の腰が抜けてしまった。

 デジャブだこれ!


「な、なんで愛奈がいるんだ」

「暇だから来ちゃった。開けてよ、賢太くん」


 愛奈の声は本来、かわいくリラックス効果がある。

 しかし、今は状況が状況なだけに、恩恵をあまり受けられない。

 むしろ悪魔の声に聞こえてすらきた。


 やばい。めっちゃヤバい。

 愛奈に紗季を家に上げていることがばれると、単純明快に死ぬ。


 俺はもう一度頭にエンジンをかけ、助かる道を模索する。

 とりあえず紗季を隠すしかない。

  

 バレなきゃ問題じゃないんですよ。


「賢太? どうしてそんな顔をしているの?」

「いいか、よく聞け。今から俺とお前はパートナーだ」

「今更何言っているのよ」


 紗季は軽蔑するような目で俺を睨んでくる。

 今から命の恩人になる人に、なんて目で見てくるんだこいつは。


「賢太くん? 早く開けてよ。近所の目が恥ずかしいよ」

「ごめん、ちょっと待ってな。足が痺れてて」

「あ、そうなんだ。待ってるね」


 放置する形になっていた愛奈をすかさずフォローする。

 そして、俺はインターホンを切るや否や、紗季の肩を掴んでクローゼットの中に押し込んだ。


「ちょっ――」

「静かにしないと殺されるぞ」


 これは行き過ぎた表現ではない。

 そう、愛奈ならね。

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