第49話 幕間 学校での彼女 後編


彼に出会った時のことを思い出す。


私が病気に絶望していた時に現れた彼の第一印象は、最悪だった。

初対面時からうじうじしていたし、私のことじろじろ見ていたし。

私のことを面白そうに見る、そこら辺の人と同じだと思っていた。


もちろん、それだけではない。

ある日から急にアグレッシブになったのも気味が悪かった。


誰とも触れ合いたくなかったのに、ずけずけと距離を詰めてくる彼。

興味のない話をして、私の顔色を窺わずにラフに話しかけてきた。

いくら無視して、冷たくあしらっても毎日来て話しかけきて、一周回って恐怖すら覚えていた。


そんなある日、耐えられなくなった私は院長に頼んで彼が来ないようにお願いした。

しかし、院長は微笑みながら手を貸してはくれなかった。

むしろ、全面的に彼のことを信頼して、どうにかしてくれると確信していたようにすら思える。


きっと、私が彼と仲良くなったのも院長にはお見通しだったのだろう。

腹が立つ。

いつになっても足を掬えないお爺さんだ。


結果から考えると、結局私が彼に根負けしたんだろう。


私は彼の情熱に負けた。

私は彼の努力に負けた。

私は彼のやさしさに負けた。


どうやら私は、思っていた以上に心が優しかったらしい。

私は優しくしてくれる人を邪険には扱えなかった。


今でもなぜ、彼に悩みを打ち明けてしまったのか分からない。

ちょっと優しくされただけで悩みを言ってしまうなんて、私がちょろいみたいではないか。


……いや、そうではない。

これもきっと彼の魅力の一つなんだろう。

彼は人の幸せを願い、人の不幸を悲しむことができる人だ。

それが一番人間にとって大事なことだって私は知っている。


私の心の氷を溶かしてくれたのも彼。

私に前を向かせてくれたのも彼。

私に生きている価値を与えてくれたのも彼。


そんな彼に、どうして恋せずにいられるだろうか。

いや、恋するに決まっているじゃないか。


……。


ああ、そうか。



私って、彼のことが好きだったんだ。


今思えば、だいぶ前から気づいてないだけでそうだったのだろう。

そうでなければ彼が来る前日にリハビリを頑張ったり、強い薬を飲んだりしない。

男の前ではかわい子ぶったり、惑わすような発言なんかもしないのが私だ。




さて、いったいどうしようか。

持病が一つ増えてしまった。

恋心に気づいてしまったものはどうしようもないし、どちらも難病なのは間違いない。


病人に恋はハードルが高い。

ただでさえ今の世の中は病人は生きづらい世界なのだ。迫害や差別だってある。

結婚を前提に考えると、そういうのが不安要素にだってなりうるのだ。

恋にバリアフリーなんてない。


そのような状況にあるのなら、やることは一つしかない。

私はこの重症筋無力症を克服する。


そして思い知らせてやるんだ。

病人でも恋ができるってことを。





ねぇ、久野さん。知ってますか?


車いすって信頼してないと押させないんですよ?


◆◇


下駄箱から出ると、校門で私を待っているであろう久野さんが見える。

それだけで胸が高鳴ってしまうのが、恋する乙女というやつなのだろう。


「久野さんお待たせいたしました」


今、私はちゃんと言葉を言えただろうか。

声が震えていたり、噛んだりしていなかっただろうか。


「ほんとだよ」

「あうっ」


久野さんからの優しいデコピンをくらってしまった。

さすがに八時間は待たせすぎたってことだろう。


「この人が久野さんかー。かっこいいねっ。凛ちゃん」

「な、なに言ってるのよ、玲菜」

「凛が惚れるのも分かるわね。優しそう。」

「いいなー。私も共学に行けばよかったかなー」


後ろから、私を冷やかす声が聞こえてくる。

今の私にそういう行為は本当に効くからやめてほしい。


あと、私の久野さんを友人であっても他の女子に見せたくはない。

なぜか胸が騒いで止まないのだ。


「もうっ、いいから帰ろっ。久野さん」

「お、おう」


イラっとした気持ちを発散するように、久野さんを車いすで轢いてやる。

そうすると心が落ち着いた。


「またねー、凛ちゃん」

「お幸せにー」

「うるさいっ」


最後の最後まで変わらない友人で安心した。

表面上は冷たくあしらってしまったが、久しぶりの友人との再会は最高だった。


◆◇


私が道のカーブミラーや、窓の反射越しに久野さんをちらちらと見ていると、久野さんから話しかけられた。


「で、どうだった?」

「今更そんなこと聞くんですか?」


つまんねーこと聞くなよ!


今日の感想なんて一つに決まっている。


「さいっこーでした。久野さんが言っていた通り、なんでこんなにうじうじしていたんだろうって思います」

「だよなー」


今日一日を振り返ると、毎日がリハビリ漬けでも耐えられるくらいの勇気と楽しさがみなぎってくる。


さて、そろそろ良い頃合いだろうか。

本題に移るとしよう。


「あっ、そういえば私のことを途中で捨てましたよね。久野さんがついててくれると思ってたのに!」

「捨てたんじゃない。置いていったんだ」

「なおさらタチ悪いですよ!」


私はあらかじめ考えていたことを、あたかも今思い出したように言った。

私は素直に言えるほどの度胸はないし、計算尽くしの女だとも思われたくはない。


先ほどからだが、なぜか彼の前では素直に本音が言えなくなってしまう。


「これは罰ゲームですよ。」

「罰ゲーム?」

「はい。これからは私を『凛』と呼んでくださいっ」


言ってやった。

阿瀬さん呼びでは心なんて、一定のところから近づくことはない。

これが恋愛三段の今日打てる最善の一手。


そしてこれで王手!


「そしたら、手術受けてあげますっ」

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