第46話 車いす少女と学校
次の日。
天気に恵まれたこの日は、照りつけた太陽が俺たちの散歩を応援してくれている。
「絶好の散歩日和だな」
「そーですねー」
俺がうきうきとした調子で車いすを押していると、前から気だるげな返事をされる。
俺はテレフォンショッキング中なのか?
「どうしたんだよ。天気のいい最高の土曜日なのに元気がないな」
「当り前じゃないですか! どこか分からずに連れていかれるんですよ! 拉致ですよ拉致!」
「おいおい人聞きの悪いこと言うなよ」
どうしても行きたくないのか、駄々をこねる阿瀬さん。
しかし、俺が彼女の行動権を握っているため何もできない。
行動権を他人に握らせるなと習わなかったのだろうか。
そして病院の敷地から出ると、阿瀬さんが我慢できなくなったのか訊いてくる。
「で、結局どこ行くんですか?」
「うーん、そろそろ言ってもいいかな」
若干、不機嫌になってきた阿瀬さんからの、後頭部を使った頭突きが痛いので発表することにする。
病院も出て、もう着くことだしな。
わざと一拍置いて、発表の緊張感を作り出す。
「今から阿瀬さんの高校に行きます」
「えっ?」
ぽかんとした顔の阿瀬さんを無視して、行先の説明を続ける。
「今日、土曜授業が公開授業らしいから行くぞ。院長と学校側の許可は下りているからさ」
「ちょ、ちょっと待って!」
◆◇
「嫌ですよっ! 無理! やだやだやだやだ」
「どうせどのみち回復したら復学すんだろ。今行くしかねぇって」
車いすを揺らして反抗する阿瀬さんをどうにかして宥めようとする。
車いすが横転する可能性があるので、揺らすのはやめましょう。
「なんで今日なんですかっ。今日はあまり体調のいい日じゃないのに!」
「嘘つけよ。めっちゃ元気じゃねぇか」
これで元気じゃないなら、君の本調子はどんだけなんだよ。
それでもワーワーと騒ぐ阿瀬さんに俺は一旦車いすを停車する。
そして、阿瀬さんの前に移動して本気で話しかける。
「いいのか、本当にここで逃げて。せっかく病気にも前向きになってきたのに」
「っ!」
阿瀬さんの目が泳ぎ、動揺しているのが分かる。
そのバツの悪そうな顔を見るに、『越えなければいけない壁』であることは自覚しているようだが、覚悟が無いように見える。
ここは俺が厳しくしてでも、背中を押してあげなければ。
「それは久野さんがいてくれたから……」
「俺はいつまでも阿瀬さんと一緒にいられるわけではない。そのうち大学や私生活が忙しくなって来れなくなる日はくる」
残酷な事実を突きつける。
俺は阿瀬さん専用の介護士でもなければ、彼氏でもない。
今だって仲良くしている理由がよく分からない奇妙な関係なのだ。
「それでも阿瀬さんは、俺以外にも心のよりどころが阿瀬さんには必要なんだ。友達ともういっかいやり直そう」
「でも、今この私がクラスメイトに見られるのがたまらなく怖いんです!細くなった体に、恐ろしい瞼。しかもこの車いす。恥ずかしい……」
俺から目線を外し、俯いてしまう阿瀬さん。
その手は強く握りしめられていた。
「俺は胸を張っていいと思う。何が恥ずかしいことがある。今の阿瀬さんは十分に魅力的だ」
「そんなことない! 絶対みんなに哀れに思われる。可哀想だねって思われて、安い同情されるのがオチなのっ」
「阿瀬さんの友達って本当にそんな奴なのか? もっと友達を信頼してもいいんじゃないか」
「……」
弱いところを突かれたのか、阿瀬さんは何も言わずにだんまりしてしまう。
「俺も最近、裏切ったはずの友達に謝った。」
「……そうなんですか?」
「そしたら、案外許してくれるもんだ。なんでそんなことでくよくよしてたんだろうって思う」
俯いていた阿瀬さんの顔が少しではあったが、上を向いた。
俺の言葉が阿瀬さんに響いたのかは分からない。
いや、届いていると信じるしかない。
「もし、そんな薄情な友人がいたら俺が絶対に守るよ」
「……分かりました。頑張ってみます」
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