第43話 俺と紗季と愛奈の過去 ~誤謬~
それからも俺と愛奈は付き合い続け、気が付けば高校三年生になっていた。
高校三年生になると、直面する問題の一つに大学受験というものがある。
大学受験というものは、人生最大の岐路と言っても過言ではない。
例えば、志望校に受からないで妥協した大学に入って学歴に執着する人や、何浪も重ねて結局社会に出なくなる人もいる。
それほどに大学受験というものは簡単なものではない。
俺には誰にも譲れない将来の夢がある。
その将来の夢を叶えるには、相当勉強して上位の大学に合格しないといけない。
俺はその大学に合格するために、この高校に入学してきたのだ。
入学した当初は大学合格しか考えていなかった。
しかし、俺は今とても悩んでいる。
愛を取るか、夢を取るか。
二つに一つだ。
◆◇
高校三年になる進級式が終わった放課後、俺は同じクラスになった紗季に話しかける。
「紗季、大学はどこ行くんだ?」
「急にどうしたのよ。そんな先のこと言われても困るわよ」
紗季は顎に手を付けて考える素振りを見せる。
高校三年生になったのだから大学受験の話は普通だと思ったのだが、紗季にとってはかなり先のイベントらしい。
まぁ、紗季の頭ではどこにでも行けるだろうから余裕があるのだろう。
心底羨ましい。
「ごめん、まだ決めてない。でも、家庭の事情的に地元は離れないと思うわ」
「そうか」
数分考えた結果の答えは曖昧なものだった。
自分より頭が良い人の進路を聞いて参考にしたかったのだが、仕方がない。
「賢太、あなたはどうす――」
「賢太くーん、一緒に帰ろっ!」
「ぐへっ」
紗季が言葉を終える前に、愛奈に飛びかかられる。
新年度一発目の抱擁は、背骨が折られそうです。
「染井さん? 私、賢太とお話し中だったんですけど」
「知ってますよ? だから邪魔したんじゃないですか」
「ふぅ。なにを偉そうに言ってるのかしら、この子は」
『なに当たり前のこと言ってるんですか?』とばかりに馬鹿にした顔を紗季に見せる愛奈。
それに対して呆れた溜息をして喧嘩を売る紗季。
もはや見慣れた光景だが、いつも通りの争いが起きている。
今までに何度も止めようとしたことがあるが、いつも俺だけが負けて虚しくなるので傍観することにしている。
俺も高校で成長したということか。
「ていうか、なんで賢太くんは私と違うクラスなんですかっ。一緒にしてくださいよっ!」
「できるかっ! しょうがないだろ。愛奈は文系なんだから」
急に愛奈が俺を見上げて、俺の胸を握った手でぽかぽかと叩いてくる。
この学校では、三年生になるとクラスによって文系と理系が選別される。
そのため、理系な俺と紗季、文系の愛奈はクラスが異なる。
このことは数か月前からわかっていたことなのだが……。
「納得いきませんっ。賢太くんがこの女と同じなことが一番納得いきませんっ!」
「しょうがないじゃない、学校のルールなんだから。けどあなたには、良い薬じゃない。最近べったりしすぎよ?」
「彦星と織姫じゃあるまいし、要りませんよそんなの! でも、なんかロマンティックでありですね」
愛奈の特性であるポジティブフィルターによって、紗季の皮肉も効果がない。
でも実際、最近の俺と愛奈の関係は近すぎるように感じる。
学校では近くにいるのが当たり前、キスのスキンシップは挨拶代わり、大人の関係にも隙あらばなろうとしてくる。
……欧米かっ!
いや、欧米でも普通ねぇわ。
「そういえば、愛奈は大学どこに行くんだ?」
「賢太くんと同じ大学に行きますよっ! 賢太くんのお嫁さんになるのが夢ですからねっ」
紗季といがみ合う愛奈に質問を投げると、ウインクしながら狂気じみた返答をされる。
未だにこれの受け取り方が分からない。
「そ、そうか……」
「賢太くんはどうするんですか?」
やっぱり、俺にも同じ質問されるよな。
正直、俺は自分の進路に悩んでいる。
夢を叶えるにはこの一年間はずっと勉強しなくてはいけない。
それほどに志望校の壁は高く、自分の現在地は低い。
もちろん、その間愛奈や紗季と遊ぶことは許されないだろう。
俺は二人との関係を続けながら勉強ができるほどの器量も頭の良さもない。
『二兎を追う者は一兎をも得ず』という諺通りにはなりたくないのだ。
逆にそれができる二人がハイスペックすぎる。
二人と同じことができるような人間なら、こんなに悩んでいない。
むしろ、二人が俺の負担にすらなってきている。
最近、ふと疑問に思うことがある。
俺は二人に釣り合っているのだろうか。二人と一緒にいて良いのだろうか。
大学受験という壁を前にして、二人との差を感じてきた。
最初は頭の良さの差を感じていたが、それに限った話ではなくなった。
頭の良さをきっかけに差を感じてしまうと、他のことの差も気づいてしまう。
容姿、性格、人間関係など上げたらきりがない。
あれ、俺はどうして紗季の親友になれて、愛奈と付き合っているんだ?
そう思ってからは早かった。
俺は二人と釣り合うほどの人間になりたい。
二人の隣を歩いていても恥ずかしくないぐらいの男になりたい。
そのためには、良い大学に行って夢を叶えないといけない。
そのためなら、一年ぐらいは二人と疎遠になってもいいかもしれない。
一年後に見返してやればいい。
ちょうど愛奈との冷却期間にもなるだろう。
「内緒……かな」
そして受験と人間関係に押しつぶされた俺は、大きな選択の間違いを犯した。
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