第41話 俺と紗季と愛奈の過去 ~対立~

 俺と付き合ってからというもの、俺は愛奈に自分の思う恋を教えていった。

 ありきたりの放課後デートから、高校生としては少し大人な夜景デートまで。

 色々な種類のデートを二人で体験していくにつれ、多くの変化が俺たちに訪れた。


 一つ目は俺の心境の変化。

 俺が愛奈と付き合ったのは、明確な恋愛感情からではない。

 躓いている人に手を差し出すように、助けてあげたいという気持ちから付き合った。

 

 しかし、今はどうだろうか。

 

 俺は心の底から愛奈に恋をしてしまっている。

 初対面では苦手な女性一位で、好きなタイプである『黒髪ロングの大和撫子』とは程遠い存在だったはずなのに、今では好きなタイプが『愛奈』に変えられてしまった。


 俺が思っている以上に、恋というものは厄介なものらしい。


 二つ目は愛奈の生活態度。

 今までは無作為に男子を虜にしては捨てるという、かの邪知暴虐の王をやっていたが、俺と付き合ってからは鳴りをひそめていた。

 むしろ、ひとりひとりの男子と対等に接し、謝罪をして回るという真摯な対応によって好感度が爆上がりしていった。


 一見、俺は愛奈の悪い癖おとこあそびを治療することに成功したように見えるのだが……。


◆◇


「で? 一体どういうことよ、賢太。もう一回言ってみなさい」


 目の前には、腕を組んだまま学校机の椅子に座る紗季。


「だからさ、俺たちは付き合い始めたんだ」

「ね、私たちはマジもうアツアツって感じー?」


 それに対して俺と紗季は二人で腕組みをして、紗季の正面の席に座っていた。

 上から見ると、漢字の「二」というように放課後の空き教室に集まっている。


「それは知ってるわよ! 校内だけでなく地域レベルでバカップルがいるって評判になっているんだから!」

「え、まじで?」

「MJD? えー、ヤバくなーい? チョーウケるんですけどー」


 紗季の口から初耳の情報が出てびっくりする。

 俺たちは付き合ってまだ半月も経ってないんだが。

 けど、まぁ、仕方ないか。


「大マジよ! しかもなんで親友への報告が事後報告なのよ! 報・連・相ちゃんとしなさいよ、この社会不適合者!」

「ほんとにごめんって。本当は付き合った直後に言いたかったんだけど、愛奈に止められててさ」

「おこなのー? 私たちアチュラチュ(ラブラブの意)だからー、止められたくなくてー。マジゴメ」

「さっきからギャル語使って煽らないでくれる? うっかり殺しそうになるから」


 先ほどからの愛奈のギャル語煽りに堪えられないのか、おでこに血管が浮き出る紗季。

 紗季に喧嘩を売るとは、なんて根性がある彼女なのだろう。心強い。

 

 そもそも、なんでこの二人ってそんな仲悪いのだろうか。

 

「賢太も賢太よ! こんなやつの言いつけなんか破って連絡しなさいよ!」

「いや、しようと思ったんだけど……」

「賢太くんの女子の連絡先全部消したから無理だよ?」

「えっ?」


 紗季の燃え盛るような怒気が、愛奈の歪んだ発言によって瞬時に鎮火させられる。


 そう、愛奈の男遊びが無くなった分の代償は、俺に対する依存に代わった。

 

 どうやら俺は愛奈の育成を失敗したらしい。

 恋を教えようとしたら、依存という名の『恋』を教えてしまった。


 愛奈は中学の体験上、恋愛に関しては非常にボロボロな知識となっている。

 男子に裏切られないためには悩殺させるしかないという愛奈の『恋』を、俺の未確立の恋で支えたら、えらく曲がりくねった『恋』が出来上がった。


 まずいね。これは。

 俺が教えたい恋というものはこれではない。


「というより、私と賢太くんが付き合ったことを有峰さんに報告する義務ってあります?」

「大ありよ。私は賢太の親友なのよ。親友が悪い女に捕まるなんて見逃せるわけないじゃない。ましてや、男癖の悪い染井さんなんかにね」


 机を挟んで視線をバチバチと飛ばす二人。

 俺の思考中に女たちの仁義なき戦いが始まってしまった。


 やめて、私のために争わないで!


「なっ、付き合ってからはやってませんよそんなこと! ほっ、ほんとだよ賢太くん! 私、賢太くんの連絡先から女子を削除した後に、自分の連絡先からも男子を削除したんだよ。なんだったら見せてもいいよ! だから私のことを軽そうな女だとか、浮気しそうだとかいう偏見をしないで……」


 紗季の発言を否定した後に、捨てられた子犬のような目で俺を見る愛奈。

 こんな愛奈もかわいいとすら思っている俺はきっともうダメなんだろう。

 これがストックホルム症候群というやつか。


 とりあえず愛奈の頭を撫でてやると、泣きそうだった目が蕩けていく。


 すると、正面から恐ろしいほどの目線が俺をえぐってきた。


「随分と手籠めにしたのね。賢太」

「おい! 言葉を選べ! 失礼だぞ」


 手籠めとか言うな。まるで俺がDV彼氏みたいじゃないか。


 俺が紗季に反論していると、蕩けていた目をキリッとした愛奈が俺に加勢してくれる。

 

「そもそも、賢太くんの親友だからなんていうんですか? 私は賢太くんの彼女ですよ。文句を言われる筋合いがあるのは賢太くんの保護者だけです」


 あっ、やば。

 

 加勢してくれるのはありがたかったが、超ド級の爆弾を落としやがった!


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