第40話 俺と紗季と愛奈の過去 ~恋~


 話し終えた染井さんが、ギュッと俺を抱きしめた。

 この抱擁にどういう意味が籠っているのかは分からない。

 だけど何か、重要な意味があることが伝わってきた。

 

「これが本当の私なの。どう? 見損なった?」

 

 染井さんが顔を俺の胸から顔に上げ、上目遣いをする。

 その目に何か煌めくものを見つける。


「いや。見直したよ」

「えっ。あっ……」


 俺は染井さんを思いっきり抱きしめた。

 考えて結果の行動ではない、気づいたら彼女を抱きしめていた。


 話を聞いてすごい考えさせられた。

 俺は顔が理由で告白されるほどの美貌は持ち合わせていないから共感はできない。

 むしろ顔がいい人には悩みなんて無縁だとすら思っていた。

 しかし、そんなことはなかった。


 この話を聞いたことで、俺の人助け欲に火が付いたのを感じる。

 絶対助けてやる!


「けどな、お前の言っている『恋』は恋ではないんだよ」

「そんなことない! 私の『恋』は体験したものなんだよっ。付き合ったこともない癖に適当なこと言わないで!」


 体を暴れさせて俺から逃れようとする阿瀬さん。

 それを察知した俺は阿瀬さんの肩を掴んで俺から離し、目と目を合わせる。


「いや、分かるさ。確かに付き合った経験はないが、俺の方が恋について知っている」

「何を言っているの? そんなわけない――」

「じゃあ、証明するよ」


 俺は食い気味に言葉を放つ。

 俺の勢いに押されたのか、染井さんが少し日和った。


「どうやってよ」

「俺と付き合うことで、本当の恋というやつを教えてやる」

「べ、別に教えて欲しいなんて言ってない。私が欲しいのは、男子を支配することで得られる多幸感なの! 余計なことしないでっ!」

 

 染井さんの顔が赤くなり、目が泳ぐ。

 きっとこれが染井さんの素の姿なんだろう。


 なんだよ、十分に魅力的じゃないか。


「残念ながら、染井さん、いや、愛奈に拒否権はないんだ。俺に狙われた時点で不幸を呪ってくれ」

「なっ、ちょっ」

「俺のお節介は親友に太鼓判を貰うほどなんだ」

「ちっ、近いって」


 俺は言いながらどんどん顔を近づけて行った。

 そして、顔と顔の距離がこぶし一つ分ほどになったところで止める。


「今からその一環として、愛奈にキスをします。嫌なら全力で抵抗してください」

「はぁ? 何言ってんのよ。それって立派な犯罪じゃな……。ちょ、ちょっと待ちなさいよ! タイム、タイ――」


 俺は彼女の言葉に耳を貸さずに、無言で近寄っていく。

 最初は冗談だとでも思っていたのか、余裕な態度だったが、俺と近づくにつれ余裕が剥がれ落ちていく。

 そのうち顔を反らしたり手でポコポコと叩いていたりしたが、最終的には覚悟が決まったのか、瞳を閉じた。


 そして――


 



 ズキュウウウン。


 俺は唇を彼女の薄く桜色の唇に重ねる。


 ああ、なんて小さくてつぶらな唇なんだろう。

 吸い込まれてしまいそうだ。

 

 お互いの動きが止まり、静寂が二人が包む。


 


 数秒が経った頃だろうか、俺の胸を愛奈が優しくタップした。

 限界ということだろう。


 俺は愛奈から唇を外す。

 顔を遠ざけて愛奈の顔を見ると、目が蕩け切っていた。

 しかし見えたのも一瞬のことで、力の抜けた愛奈は俺の胸に寄りかかる。

 そして、ぼそぼそと話し始めた。


「ファーストキスだったのに……」

「そうだったのか。すっかり経験豊富だと思ってた」

「ひどいっ。偏見よっ」

「じゃあキスに関しては、俺の方が経験してたな」

「えっ、あなた初めてじゃなかったの!?」

「うん」


 『はっ』と目を見開き、跳ね起きた愛奈に首を掴まれて揺らされる。

 頭が痛くなるからやめてほしい。


「殺すっ。殺してやる」

「ごめん。ごめんって」


 俺の謝罪が通じたのか、俺を揺さぶるのをやめる。

 そして、触れるだけの素早いキスをされた、


「責任……」

「えっ?」

「責任取りなさいっ。責任取って私と付き合いなさいっ!」


……。


「ああ、付き合おうな、俺たち」


 こうして、俺と愛奈の恋人関係が始まった。

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