第37話 俺と紗季と愛奈の過去 ~交際~
翌日。
「染井さん、一緒に帰らない?」
帰りのホームルームが終わるとすぐに、隣の染井さんに話しかける。
いつもと逆の光景にクラスメイトが騒然とする。
「珍しいね、久野くんから誘ってくれるなんて」
「ああ、そうだろ。今日は部活は全部ないから暇だよな?」
「うーん」
俺に誘われたことが嬉しかったのか、それとも俺をからかおうとしているのか、顔をにやにやとする染井さん。
本当にこの女子苦手だわ。
「でもなぁ~。今日は他の男子とデートする予定だからな~」
染井さんが俺を試すような目で見てくる。
……なるほど、それなりの誠意を見せないといけないわけね。
「いいだろ、そんな男捨てておけよ。俺と遊んだほうが楽しいぜ」
俺は自分から染井さんのパーソナルエリアに踏み入り、顔を近づける。
そして染井さんの顎を親指と人差し指で掴んで上げさせる。
いわゆる顎クイというやつだ。
まったく自分のキャラではないが、やるしかない。
「ふーん」
顎クイをされているのにもかかわらず、染井さんは冷めた表情をしている。
むしろ少し上がった口角に余裕すら感じられる。
「まぁいっか、行こっかっ!」
一転染井さんは作り笑顔になると、俺から一歩下がって、慣れたようにスマホを出して誰かに連絡を入れる。
きっとそのデート相手にお断りメールを送っているのだろう。
「どこ行くの?」
「そうだなー。うーん。俺に任せてくれないか? サプライズってことでさ」
染井さんがスマホをしまうと、上目遣いで訊いてくる。
別にデートプランをそこまで考えていたわけではないが、心当たりがないわけでもない。
「じゃあ、行くか!」
俺は今日、この女を堕とす!
覚悟しろっ!
◆◇
放課後ということであまり時間もないので、お気に入りのところのみを厳選して行くことにする。
「で、パンケーキなんて高校生としてはありきたりのデートスポットじゃない?」
カフェのテーブルに肘をつきながら文句を言う染井さん。
確かに、明らかな高校生受けを狙ったお店だと思われているだろう。
俺はパンケーキや甘いものにはそこまで価値は感じない。
むしろ馬鹿にするタイプだ。
しかし、このお店は違う。
「いや、このお店のパンケーキは本当に美味しいんだよ。数年前に来たんだけど、その時からはまってるんだ」
「へー。じゃあ、お任せするねっ」
「分かった。飲み物はカフェオレでいいか?」
「ごめんね。私コーヒー飲めないの」
「ふっ」
「あっ、コーヒー飲めないからってバカにしたなー」
ぐちぐち言っている染井さんを置いて店員さんに注文してしまう。
飲み物は紅茶にでもしておけば静かになるだろう。
◆◇
「本当に美味しかったね」
「だろ?」
パンケーキを食べ終えた俺たちは、近くの公園に来ていた。
食後の休憩としてベンチに座っておしゃべりをする。
「デートの点数としては三十点かな?」
「低いなー。 内訳教えてくれよ」
「パンケーキで三十点」
「他の話や行動での加点も減点もないのかよ!」
女子のデートで男子に期待する点って、パンケーキだけってマ?
結構俺にできる限りのことはしたんだけどな。
だがきっかけはできた。
「またチャンスくれよ」
「またデートしたいってこと?」
隣に座る染井さんが俺の方を向いて、訊き直してくる。
その顔は憎たらしいほどににやにやして、ビンタしたくなるほどだ。
そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!
「いや違う」
「えっ」
「付き合おうぜ、俺たち」
思ってもいなかったのか、流石の染井さんも呆気に取られている。
まさか一回の放課後デートで告白されるとは思ってもいなかっただろう。
まして、今までは冷たくあしらわれてきた男にだ。
「ふっ、ふふふ」
真面目な告白の最中だというのに、破顔する染井さん。
失礼だぞ。
「いいよ。付き合ってあげる」
一通り笑って落ち着いた染井さんは、涙を拭きながら告白の返答をした。
「でもその代わりに、あの女とは縁を切って?」
「あの女?」
もちろん、染井さんの言うあの女というのが誰を指しているのか理解していた。
だけど、もしかしたら違うのではないかという
「だーかーらー、有峰さんとは縁を切ってって言ってるのっ」
現実というのはどうも非常なものらしい。
染井さんは何物にも代えがたい要求をしてきた。
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