第36話 俺と紗季と愛奈の過去 ~悪変~


「邪魔しないでくれますか? 私は久野くんと帰るところだったんですよ」

「どこがよ。やってることキャバクラの客引きと一緒じゃない」


 染井さんの冷めた目と、紗季の怒りが籠った目がぶつかり合う。

 どうでもいいけど、紗季が俺の腕を組む必要ある?


「人聞きの悪いこと言わないでくれます? それなら今の有峰さんも同じですよ。人のこと言えるんですか?」

「私は賢太の親友だから大丈夫なのよ。残念だったわね」


 そう言った紗季は俺の腕をぎゅっと掴み、力を込めた。

 状況は依然、お互いに睨み合うだけで膠着状態だ。

 物音が一切しない。


 だからこそ気づくことができた。

 こいつ、少し震えてないか?

 腕を通じて、紗希が小刻みに震えるのを感じる。

 まるで、子供がおもちゃを取られないように胸に抱くようだ。


 紗季の方に意識を傾けていると、染井さんの方から小さな声が聞こえてきた。


「なによ、親友だから大丈夫って。男女間の友情なんて本当にあると思ってんの? そんなものあるわけない。どうせ恋愛感情のなりぞこないでしょ? あるんだったら、あんなことにはなんなかっただよ! ああ、むかつく。むかつく、むかつく、むかつく、むかつく、むかつく――」


 俯いてぼそぼそ言っている染井さんの言葉はよく聞き取れないが、負のオーラがにじみ出ていることは感じられる。

 

 あーあ、紗季やっちゃったねー。

 染井さんがバグったファービーみたいになっちゃったじゃん。


 そんな状況に取り残された俺と紗季は目を合わせる。


「なにこの状況?」

「紗季が地雷踏んだからだぞ」

「えっ、私のせいなの?」

「絶対そうだろ。俺に責任転嫁すんな。あともう腕離せ」


 俺が半目で言うと、紗季がいたずらっ子の顔になる。

 あっ、これめんどくさくなる奴だ。


「そんなこと言っちゃってー。嬉しいくせにー。このすけべ」

「そんなわけないだろ。酔っぱらってんのか」


 正直紗季の体型より、染井さんの体型の方がデリシャスなので、代わってしまって名残惜しい気持ちはある。

 腕を組むのって、人の体型によってドキドキさが変わるんだなー。

 知らなかっーー


「お前を殺す」


デデン。


 俺の考えていることを読み取ったのか、いきなり殺害予告をする紗季。

 顔に出てしまっていたのか?


「なんでいきなり殺されなきゃいけねぇんだよ!」

「顔に書いてあったわよ。貧乳って文字が」


 やっぱ、出てたかー。

 いや、違う。そこまで思ってないわ!

 

 どうにかして、組むのを腕から首にしてくる紗季を抑える。

 

 紗希とのプロレスごっこをしていると、どこかから殺意の波動を感じる。

 染井さんを見てみると、先ほどよりオーラがどす黒くなっていた。


「こんなにイチャイチャしていて、恋人じゃないの? これが本当の男女間の友情だとでもいうの? どうせ、結局は裏切られるのよ。でも、裏切られないとしたら? それは許せない。許せない、許せない、許せない――」


「壊してやる」


 最後に一瞬、どす黒さの波が高まったあと、染井さんは顔を上げた。

 その顔は満面の笑みで、とても作られたものには見えないほどだった。


「じゃあ、今日は有峰さんに久野くんを譲って帰るよ」

「譲るも何も、もともと私のよ」

「いやちげぇよ。お前らに俺の人権はないのか」


 紗季が首を絞めようとしていた腕をおろし、染井さんと正対する。

 俺の文句は二人には聞こえなかったようだ。

 知ってましたけどね!


「じゃあね、久野くん。また明日ねっ」

「あ、ああ。じゃあな」


 染井さんは俺に視線を移すと、手を胸の高さほどに挙げてウインクしながら別れを告げた。

 そして振り返って教室を出て行く。


 ……。


「なんか、訳ありの雰囲気だったな」

「そうね。……まさかあんた、あいつを助けるつもりじゃないでしょうね?」

「ほっとくわけにはいかないだろ」


 教室に取り残された俺たちは、出て行った少女のことを考える。


「はぁ、あんたのお人よしもいい加減にしときなさいよ」


 絶対に止めてくると思っていた紗季の言葉には、諦念の意が込められていた。


「止めないのか?」

「本当は止めたいわよ。『あんな地雷女にはこれ以上関わらない方が良い」って。でも、その気持ちに助けられた私に言えるわけないじゃない」

 

 紗季は反対側を向いて、俺から一歩離れた。


「だけど私に出来ることはそこまでよ。止めないけど、応援もしない」




「まぁ、……頑張りなさい」


ツンデレかよ。

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