第38話 愛奈の大過去 ~歪形~
「私と付き合いたいんでしょ? これぐらいのことしないと釣り合わないよ」
俺の目には、狂った笑顔をした染井さんが映っている。
その笑顔には自分の容姿への絶対的な自信が現れていた。
「どうしてそこまでして俺と紗季の仲を引き裂くんだ? 俺たちが何かしたか?」
俺の素朴な疑問に、『そんなの決まってるじゃん』とばかりに笑い出す染井さん。
そしてその笑いを止めずに、言葉を紡ぐ。
「私ね、久野くんたちを見ていると反吐が出るの」
えっ?
俺は耳を疑った。
到底笑顔で言える発言ではない。
「昔の私を見てるようで嫌なんだよねー」
染井さんがベンチから立ち上がり、小石を蹴った。
あっという間にその小石は見えなくなった。
女子が小石を蹴るには少々威力が強すぎる気がするが。
小石を蹴ってストレスが発散されたのか、染井さんが俺の方を向き直る。
「男女間の友情なんて、所詮はただの言葉遊びみたいなものだよ。実在なんてしない」
ピシャっと断言したその言葉には、有無を言わせないほどの言葉強さが籠っていた。
きっと、いや絶対、体験談から出た言葉だろう。
「お前の過去に、何があったって言うんだ……」
俺は染井さんを見上げて、目を合わせる。
目を通じて、染井さんの真意を知るために。
正直、これ以上染井さんを知ることがとても怖い。
でも、助けを求められている気がするんだ。
心の底では泣いている気がするんだ。
しかし、無情にも見えたのは底のない暗闇。
彼女の目には闇しか映っていない。
「私についてもっと知りたいんだ?」
染井さんが近づいてきて、俺のことを挑発的な目線で見てくる。
それを俺は負けじと見つめ返す。逸らしもしないし、瞬きもしない。
そうしないと俺の気持ちは伝わらないだろうから。
「いいよ、私の過去、話してあげる」
俺の覚悟を感じとったのか、染井さんが口角を上げた。
俺が安心して、『ふぅ』と胸を撫で下していると、俺の足に染井さんが跨ってきた。
俺と向き合うような形で乗ってきたので、俺の胸元に染井さんの顔が来る。
「おいっ!」
「いいじゃん、この状態で話させて」
驚くほどの密着感に動揺が隠せない。
どうにか染井さんを離そうとするが、背中に腕を回されて離せない。
こうなったらしょうがない、このまま話を聞こう。
俺はあきらめて、力を抜いた。
そして染井さんは俺の心臓に話しかけるように、胸の中で話し始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
私が自分のことをかわいいと自覚したのは中学生の頃だった。
それまでは自分の容姿など気にしたことはなかったが、告白される回数が十を超えるようになると嫌でも自覚する。
『私って、そんなにかわいいんだ』ってね。
でも私は、そんなに私の容姿のことは気にしていなかった。
どうでもいいことだと、思ってもいた。
◆◇
中学生位になると、みんなが恋に興味を持ち始める。
しかし、私は残念ながら恋なんて興味がなかった。
恋愛に関して一歩引いた位置から、冷めた目で見てしまう。
どうしてわざわざ付き合わなければいけないんだろう?
付き合わなくても大体のことは友達としてできるじゃない。
そんなに彼氏、彼女という名称がほしいの?
私にとって恋愛とは、どうしても理解できないものだった。
◆◇
あまりに男子から告白される回数が多かった私は少し男子が苦手になっていた。
しかし、そんな私にも信頼できる男子は存在した。
入学した時から仲がいい男子が二人。
気軽に冗談が言えて、遊びに行ける男子はたったのその二人だけだった。
その二人だけは私のことを理解してくれる。
私が何を言っても勘違いしないで、女子ではなく友達として見てくれる。
かわいいからって優遇もしないし、気を使ったりもしない。
私はこの三人で何気ない学校生活を送ることが好きだった。
しかし、そんな生活も長くは続かなかった。
◆◇
三人で遊ぶようになって、早くも二年が経とうとしていた中三の春。
進級した日の放課後にそれは起きた。
私は二人のうちの一人から告白を受けた。
どうやら、出会った瞬間から私のことが好きだったらしい。
私は友達だと思っていたのに、それは一方的なものだった。
大好きな三人のグループの亀裂が入るのが嫌だった私は、彼の告白を受け入れた。
別に彼のことが好きだったわけではない。
けど、私の好きな場所を残すにはこれしか選択肢が存在しなかった。
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