第30話 車いす少女と花言葉
阿瀬さんを車いすに乗せて、病院を出発する。
病院の敷地から出て、道路を歩くと視線を集めているのを感じる。
しかし、これもやむを得ないことだろう。
サングラスをかけて文字盤を握る阿瀬さんの姿は、周りから見ると奇妙に映っているだろうし、それでも絵になってしまうほどの可憐さがにじみ出ている。
いつもの俺なら目立つことを嫌うが、なぜか今は胸を張れる気がした。
「とりあえず、川の方に行ってみるか?」
『……』
信号を待っている間に、目的地を決めることにする。
阿瀬さんが通っていた女子高の方は行きたくないだろうと思って逆方向を提案してみる。
しかし、阿瀬さんはうんともすんとも言わない。
これは病気で動けないのではなく、拒否を表しているのだろう。
でもそうなると、どこに行けばいいものか。
普段散歩をしないので、ここらへんの散歩スポットなんて知らない。
ましてや、女子高生が行きたい場所なんて知るはずもない。
「どこか行きたいところはあるか?」
『だいがくまで』
「……えっ」
『くすりの』
阿瀬さんが持つ文字盤に、意外な言葉が示される。
ここら辺の大学は、俺が通っている大学と女子大学が存在する。
そこから、『くすりの』という言葉から薬学部がある大学を示しているのだとすると、自ずと目的地は絞られていく。
十中八九、俺の大学の薬学部キャンパスに行きたいということか。
「俺の大学、なんも面白くねぇぞ」
『いって』
文字盤のひらがなを指した指をまっすぐ前に上げて、目の前の道を指さす。
まぁ、阿瀬さんが行きたいなら仕方がない。
この散歩の目的は、阿瀬さんの気分転換とリフレッシュだ。
阿瀬さんが楽しむことを一番に考えよう。
それにしたって、俺はタクシーでもアッシーくんでもないのだが。
◆◇
いつもの赤い校門、いわゆる赤門が見えてくる。
入学してまだ二ヶ月ほどだが、親の顔より見た気がする。
「大学に着いたけど、どうせだし中を軽く散歩して帰ることにしようか」
『うん』
阿瀬さんの了承を得たので、車いすをゆっくりと発進させる。
今更だが、車いすを押すのは今回が初めてなので少し緊張している。
急発進や急ブレーキ、急転回なんてもっての他だし、スピードにも気をつけないといけない。
路面もごつごつだと、振動で阿瀬さんが不快な思いをするので細心の注意を払う。
一見、ただ押すだけのように見えるが、自動車を運転するように難しい。
まぁ、俺は自動車免許持ってないんだけどね。
子供の頃、買い物カートでレースをしていた俺にしてはめっちゃ頑張っていると思う。
◆◇
この大学の薬学部キャンパスには、薬に使われる植物が豊富に植えられた薬草園がある。
漢方になる植物もあれば、染色の材料になる植物もあるほど種類が多い。
これは日本全国の大学を探しても唯一と言っても過言ではなく、この大学の強みである。
この学部が第一志望ではなかった俺は、入学してからそのことを知ったが。
そんな薬草園を、教授が言ってたことを受け売りにして解説して回る。
そうして俺の浅い知識を何も言わず聞いていた阿瀬さんは、一つの植物に手を伸ばした。
その植物は時期が違うのか花が咲いていないただの木。
女子高生が好きそうな派手でもなく、綺麗でもないただの木。
しかし、なぜか阿瀬さんはその木を熱心に見て、触って、どうにも興味が尽きないらしい。
なぜ、そんな木に興味を?
「どうしたんだ? 阿瀬さん」
『なぜか、ひかれて』
阿瀬さんに訊いてみたが、本人もなぜだかわかってないらしい。
頭を横にしながらも、見ることも触ることもやめない。
もしかしたら、阿瀬さんにとっては関連が深い植物なのかもしれない。
名前を聞いたらピンとくるだろうと思い、頑張ってその植物の名を思い出そうとする。
確かその木は――。
「
名前を思い出した瞬間に、隣から女性の声がした。
「サザンカの花言葉は、『困難に打ち克つ』よ。とってもふさわしい花言葉ね」
この清らかで、聴いたものを魅了するようなきれいな声は――。
声がする方を振り向くと、
「久しぶり。あなたが噂に聞いた車いすの美少女だったのね。阿瀬凛さん?」
そこには、サザンカの葉を触りながら阿瀬さんを見つめている少女――紗季がいた。
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