第19話 車いす少女とこれから

 少女の言葉に、ただただ驚愕させられる。

 その何も察せさせない表情の下では、想像以上の苦悩があったらしい。

 

『勘違いして欲しくないのですが、この病気では余程重症でなければ死ぬことはありません』


 少女の言葉を聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。

 生死にかかわる話ではなかったことに安心する。

 さすがにその話になると、俺一人の手では持て余す。

 そんな俺を傍目に、少女は作業を続ける。


『手術をすれば、私の症状は軽くなります。ですが、そこまでして私のしたいことはもうありません。見つからないのです。』

『一度病気罹患した私にできることは多くありません。去年この病気の診断を受けて入院してからは、一度も学校にも行けていません。』


 そう言って、少女は窓から病院の前にある女子高を見る。

 目の前にある女子高が、彼女の在籍する学校らしい。

 ずっと、窓を眺めていたのはそのためだったのか。


『勉強したところで働くこともできない。だったら勉強も無駄だと思って、入院してから勉強もしていません』

『この体では、一人では体を洗うことも、髪を洗うこともできません。物だって二重に見えます。正直、あなたの顔だってはっきりと見えたことはありません。食事を飲み込むことも難しいです。たまに誤嚥することも、吐き出してしまうこともあります。排泄を手伝ってもらった時には、恥ずかしすぎて消えてしまいたくなりました』

『それだけではありません。この病気になって、失ったものはとても多いです。学校の友達も、このやつれた姿を見せたくないので絶交しました。チャームポイントだった長い髪も看護師さんの負担を軽くするために、バッサリと切りました。親にも迷惑と心配をかけたくないので来させていません。好きだったおしゃべりも失いました。得意だった運動も失いました。』

『何よりも、鏡を見ることができなくなりました。鏡を見ると、化け物が映るのです。今までは親や友人からお人形さんみたいだともてはやされて自信を持っていた顔が、ある日を境にそれが朽ち果てるのです。体は人形のようになったのに、とんだ皮肉ですよね』


 少女のエンターキーを押す間隔が短くなってきている。

 今一度自分が置かれている状況を聞いて、やりきれなくなっているのだろう。


『簡潔に言うと、私は、私と私の人生に絶望しています』

『こんな私をあなたは、親友に似ているからという理由で話しかけてくれました。しかし、実際の私はこんな私なのです。生きる価値もないのです。なので、もう関わらいでほしいです』


 少女はキーを押しきった。

 目から涙がこぼれているが、隠そうとするそぶりも、拭こうとするそぶりも見せない。

 きっとそれすらも一人の力ではできないのだろう。

 俺は握っていた掃除道具を置き、ポケットからハンカチを取り出す。

 ハンカチを手にもって、少女、いや、阿瀬さんに近づいて涙を拭いてやる、


「阿瀬さんは本当に俺の親友に似ている」

「無理をしていても、弱音を言わないところも。人に迷惑をかけないように、助けを求めないところも。気丈に振る舞うところも」


 阿瀬さんがキョトンとした目で見てくる。

 近くでそんな目で見られるのも恥ずかしいので、阿瀬さんの頭をなでて誤魔化す。


「俺は阿瀬さんが何を言っても力になるよ。今の話を聞いてそう思ったし、親友とも約束しちゃったしな」


 阿瀬さんに優しく言ってあげると、決壊したように涙が出てくる。

 その泣いている姿は、ただの女子高校生に見えた。

 

「これからは一緒に、生きる意味を見つけていこう。阿瀬さんにしかできないことをさ」


 俺は阿瀬さんにエールを送る。

 これからは一人ではない、一緒にいるという意味を込めて。


「あ、ありがとう……」

 

 阿瀬さんは小さく、ゆっくりとした声ではあったが、自分の力で言葉を紡いで見せた。

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