第18話 車いす少女と俺


 重症筋無力症じゅうようきんむりょくしょう

 国が指定している難病の一つであり、自己免疫疾患である。

 症状を簡単に言うと、筋肉が動かしにくくなり、疲れやすくなる。

 俺は大学の講義で習ったばかりなので知っていたが、重い病気のわりに認知度は低い。

 

 彼女の告白を受けて、心の中にいろいろな思いが交差する。

 かわいそう、つらいだろうな、大変そうだな。

 俺は悲哀の眼差しで少女を見る。いや、見てしまった。

 しかし、その先にいた少女は目を開いて真剣な眼差しをしていた。

 その目は健常者の半分ほどしか開いていないが、しっかりと目を開けていた。

  

 眼瞼下垂がんけんかすい

 重症筋無力症の症状の中で最も顕著な症状。

 瞼の筋力が落ちて、開きづらくなってしまう症状。

 

 少女の顔を正面から見ると、きめ細やかな肌で形のいい鼻と唇、まるで人形のような顔の中に、不釣り合いな目。

 せっかくのぱっちりとした二重瞼が、眼瞼下垂のせいで大きく目立ち、逆にマイナスプロモーションとなってしまっている。

 ずっと目を閉じた姿しか見ていなかったので素晴らしい顔だと思っていたが、目を開けただけでこうなってしまうのか。きっと病気がなかったら完璧な顔だったのだろう。

 

 そう考えると、思わず少女の目から顔をそらしたくなる。

 あまりにも悲痛で見ていられない。

 しかし、少女の目がそうさせてくれない。

 眼光は鈍くなってしまっているが、猛然と語ってくる。

 今まではオーラで語ってきたが、今回は直接目で語ってくる。

 

 

 だが、そのおかげで気づくことができた。


 少女は真剣に告白してくれたのに、俺は一体何をしているのだろう?

 少女はこのために色々と苦労や苦悩を体験したのだろう。

 その身体では、キーボードであらかじめ打つのも大変だったのだろう。

 今までに一回も見せてこなかったその顔を見せるのも、本当は嫌だったのだろう。

 だが、少女は俺の言葉を信じてすべてを明らかにしてくれた。


 それに対し俺は、病気や症状を見ただけで簡単にうじうじしてしまった。

 何より、少女に哀れみを覚えてしまった。

 少女は哀れみや同情をして欲しくて、このことを話してくれたのではない。

 少女は対等な関係、理解者が欲しかったのだ。

 それを年下の女の子に教えられた。


 紗季、どうやら俺の人助けにはまだまだブランクがあるらしい。

 

 俺は一度、自分の顔を全力でたたく。

 よし、もう大丈夫だ。


「ごめん、いろいろと考えてた。話を続けようか」


 もっと少女と話して理解しないといけない。  

 本当に力になりたいから。

 少女は俺の覚悟を見て満足したのか、次のキーを押す。

 

『なので、私は話すことや動くことが難しいです。顔の筋肉も動かしにくいため表情もありません』

「そうですか……。それは、治らないのですか?」


 悲しい報告だ。

 それでも俺は、過酷な質問をする。

 返答がいかに残酷だとしても、俺は知ることをやめない。

 少女もその質問は予想内だったのか、すんなりと返してくる。


『このままでは、治らないでしょう』


 このままでは……?

 どういうことだろうか。

 まるで何か奥の手があるかのような発言だ。


『私があなたに病気のことを話した理由は、相談したかったからです』


 少女は治療法の話をするのではなく、違う話をしてくる。

 そろそろ救われるような良い話を聞きたかった俺は、なぜ今更そんな話するのだろうと思う。

 しかし、そこから繰り出された相談内容は、予想の数十倍も深刻な話だった。




『私は、今後も生きていく必要があるのでしょうか?』




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