第17話 車いす少女と病名

 今回の話で、少女の病名が判明します。

 病名を予想したい人がいらっしゃいましたら、気を付けて読んでください。


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 ついにこの日がやってきた。

 そう、車いす少女と話す日だ。

 今思えば、俺は全く少女のことを知らない。

 名前はもちろん、年齢、性格、顔、体型、そして、入院している理由。

 多くのことを望んではいけないだろうが、できることならすべて知りたい、もっとわかってあげたい。力になってあげたい。

 少女がなぜ入院しているのか、なぜ他人を排除しようとするのか。

 

◆◇


 いつもと同じように他の病室を清掃した後に、少女の病室の前に来た。

 しかし今日は、いつもと心境が違う。

 今までは少しばかりの拒絶される恐怖心と、振り向かせてやろうという向上心があった。

 だが、今は違う。

 今の俺の心を満たすのは話が聞けるという好奇心と、力になってあげたいという使命感だ。

 この気持ちが弱まってしまわないうちに入るとしよう。


 コンコン。


「失礼します」


 ドアを開けて入ると、いつもと違う景色が目に入る。

 少女の可憐さや部屋の内観、少女がこちらを見ていないことは変わっていない。

 ただ一つだけ変わったことは、ノートパソコンが少女のベッドにあることだ。

 

『こんにちは』


 少女のノートパソコンから、機械の音声が聞こえてくる。

 いきなりなことにびっくりして、反応が遅れてしまう。


「こ、こんにちは」

『本日も掃除、よろしくお願いします』


 相も変わらず目を閉じて無表情のまま、パソコンを操作している。 

 この子ってこんなに礼儀正しい子なの?

 もしかしたら、パソコン世界だと人格が変わるのかもしれない。

 すごい、ギャップ属性も持ち合わせているのか!


「それでは掃除させていただきます」


 話をしたいのはやまやまだが、仕事をさぼるわけにはいかない。

 モップを持って掃除をし始める。


『掃除をしながらでいいので、私の話を聞いてください』


 少女がエンターキーを押した後、音声が聞こえた。

 言われた通りに掃除を続けるが、ちらちらと少女の方を盗み見る。

 どうやら、あらかじめ入力された言葉を再生しているらしい。


『まずは自己紹介をさせて下さい。私の名前は、阿瀬凛あせ りんと言います。十七歳です』

 

 へー、阿瀬凛というのか、とてもきれいな名前だ。名は体を表すというが、本当らしい。

 しかも十七歳。よほどのことがない限り、高校二、三年だろうか。

 

 ……。


 そのまま無言の時間が続く。

 今、何の時間だ?

 モップを持つ手を止めて少女を見ると、少女もまたこちらを見ていた。

 何も表さないその顔からわかることは少ないが、長くなった付き合いからか、ある程度は把握できるようになった。

 俺の情報が欲しいらしい。

 そういえば、まだ言ってなかった。


「私の名前は、久野賢太です。大学一年生、十八歳です」


 畏まりながら、情報を伝える。

 それを聞いた少女は、非常にゆっくりとした手つきでキーボードを叩く。

 いや、叩くというより触れるという表現の方が正しいだろうか。

 少し時間がかかって打ち出した言葉は、意外な言葉だった。


『いい名前ですね』


 俺は恥ずかしがって言うことはできなかったが、少女は素直に伝えてきた。

 真正面から言われると少しむず痒い。


 俺が照れて掃除する手が早まると、少女はそのままキーを続けて押そうとする。

 ただ、その押そうとする右手は今までと違い、震えているだけでなく躊躇が感じられた。

 まるで、自爆ボタンを押すかのようで、見ているこちらがハラハラするほどだ。


 数秒経った後、決意を固めたであろう少女はエンターキーを押した。



『早速ですが、私の病気について話したいと思います』


 俺は少女のことを今一度見る。


 病気の話は、少女の情報の中でも最高機密レベルだろう。

 その話を社交辞令の後、すぐに話すというのだ。

 驚きが隠せない。

 なにかよほどの事情があるのだろうか。


 だが、少女の顔は何も答えてはくれない。

 そこに映っていたのは、ただの純然たる決意だ。

 もう一度、少女がキーを押した。

 

『私の病気は、重症筋無力症です』

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