第16話 ヤンデレの片鱗

 紗季と愛奈が無言で睨み合う。

 二人の出す雰囲気によって、食堂全体が静かになっていく。

 空気はそろそろ氷点下を下回っただろうか。

 さすがに食堂全体からの視線が痛くなってきたので、俺は二人を鎮める。


「ふ、二人とも、みんな見ているから落ち着こう、な?」


 俺の言葉が届いたのか、二人は一旦睨み合うのをやめる。

 できることなら、その刺々しいオーラもしまってほしいが。

 そう思っていると、紗季が腕を組んで愛奈を見下しながら言う。


「ここで話すのもなんだし、外で話しましょうか、元カノさん?」

「そうですね。私も久しぶりに話したいことがあったんですよ。賢太くんの友達さんに」


 煽ってらっしゃるー!

 この会話を聞いたら分かると思うが、高校時代からこの二人は犬猿の仲だ。

 もしこの関係を例えるなら、水と油なんてぬるい表現ではなく、水とナトリウムだ。爆発するもん。

 だが、場所を変えるのは好機だ。その間に逃げてしまおう。

 

「行くわよ、賢太」

「じゃあ行こっか、賢太くんっ!」


 愛奈は俺の腕を、紗季は俺の耳を引っ張って連れていく。

 ですよね。逃がしてくれないですよね。当事者ですもんね。

 ああ、入院するなら、車いす少女と同じ部屋がいいなぁ。


◆◇


 三人でキャンパスの裏側に来ると、早速愛奈からの尋問を受ける。


「賢太くん、元カノってもしかして私のことかな?」

 

 予想はしていたが、恐ろしい目をして訊いてくるのね、この子。

 俺はどう答えたら鮮血の結末を避けられるかと考えていると、紗季が答えた。


「あなた以外いないでしょ。賢太はあんた以外と付き合ったことないんだから」


 オブラートに包むことを知らないのかこいつ。あと、俺の情報必要だった?

 紗季の発言に俺が傷ついていると、愛奈は眉をひそめた。

 

「? なんで?私、別れた記憶なんてないよ」

「でも、一年ぐらい連絡してなかったんでしょ。それを世間では、自然消滅って言うのよ」

「? そんなことないよね、賢太くん。こんなのただのすれ違いだよねっ」


 愛奈は満面の笑みで俺の方を見る。顔は笑っていたが、目が笑っていない、目のハイライトが消えている。

 そんな表情の愛奈に、思うことがたくさんあった俺は目を合わせることができない。

 ただ、ここで目をそらしてしまったことが失敗だった。


「賢太くん、うそでしょ?私、賢太くんのためにたくさんやってきたんだよ……?高校時代に賢太くんが髪が長い大和撫子が好きっていうから、髪も長くしたし、賢太くんを立てるように成長した。私、賢太くんが将来、会社で務めるときに何かあった時のために、法学部に入部したんだよ。弁護士になれば、賢太くんを養ってあげることもできるし、守ってあげることもできる。苦手だった料理もできるようになったし、作法も受験期に勉強した。賢太くんみたいな素敵な男の子に釣り合うために、世間体も上げようと頑張った。そのために、出たくもないミスコンに出て、媚びたくもない賢太くん以外の男性に媚びてまで入賞したんだよ。だって、賢太くんがその女を侍らせてるのって、その女で自分の価値を高めたいからでしょ?逆に言うと、その女の存在意義ってモデルっていう職業だけ。あはははははは、だから私が芸能人になって成り代わろうとしたの。そのせいで、一般受けするミディアムボブにしちゃったけど……。あれ、もしかして別れる理由って、私が髪を切ったから?だったらごめんなさい。勝手に切ってごめんなさい。頑張って伸ばすから待ってください。捨てないでください。お願い、お願いだから、捨てないで……。」


 愛奈の恐ろしいほどの早いマシンガントークを聞いて、俺は中学の修学旅行で行った華厳の滝を思い出していた。

 全く聞き取れなかった。分かったことは、激高して、笑って、泣き出したことだけだった。

 とりあえず、泣き出した愛奈の頭を撫でてやる。


「あ、あんた、すごいわね……」

 

 紗季が口を開けて唖然とする。

 どうやら紗季には全部聞き取れたらしい。

 できれば内容を教えて欲しかったが、もうそんな時間はない。

 そろそろ五限目が始まりそうなので、この場に収集をつけたいと思う。


「五限目が始まるから解散しよう、な?」


 俺は紗季と愛奈に問いかける。

 紗季はうなずいてくれたが、愛奈は目に涙を溜めたまま動かない。


「連絡先、ほしい……」


 愛奈は小さく、かぼそい声で言った。

 今にも消えてなくなりそうで、だがしかし確固たる思いが詰まっていた。

 

 俺はその言葉に息が詰まる。

 かつては一度、俺は勝手に、一方的に連絡先を消したのだ。

 きっと、いや、絶対に愛奈のことを傷つけただろう。

 俺にもう一度この子の連絡先を貰う資格はあるのだろうか。

 

 思わず紗季の表情を伺ってしまう。

 だが、紗季は何も言わず、顎をしゃくるのみで何も言わない。

 

 もう一度愛奈の顔を見ると、今にも泣きそうな目で上目遣いをしていた。

 それはもう可憐で、今にも壊れてしまいそうな顔だった。

 それは卑怯だろ……。

 考えていた覚悟や心配事が一瞬で飛んで行った。

 愛奈のことだ、計算しつくしているだろう。

 しかし、俺も男だ、これにはあらがえない。


 


 この日、俺は一年ぶりに紗季以外の女性の連絡先を手に入れた。

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