第12話 紗季とナンパ


 平日の正午。

 俺は薬学部のキャンパスとは違う、工学部や法学部などの学部がある本学キャンパスに来ていた。

 一年生のうちは薬の専門の勉強だけでなく、英語や数学などの教養科目を本学キャンパスで習う必要がある。

 違うキャンパスに行くことは面倒くさいことではあるが、ここにしかない楽しいこともたくさんあって、俺のひそかな楽しみとなっている。


「じゃあ、私は豆腐チゲとサラダで!」

「分かったよ」


 その楽しいことの一つが新鮮さだ。

 紗季とともに学食を食べに来ているが、学食がとても広く、見慣れない生徒が多い。

 これも学部が混合したキャンパスの楽しさの一つだろう。

 薬学部キャンパスは狭く、見飽きた顔の連中しかいないのに。


「でも奢って貰っちゃっていいの?バイト始めたって言っても、私の方が稼いでるわよ?」


 紗季が申し訳なさそうな顔をしながら、金持ちマウント発言をしてくる。

 表情と発言の腹黒さが一致していないのに違和感を覚えないのは、紗季の演技力が高いからだろうか。

 女優もできんのかこいつ。


「いいんだよ。今日は紗季にお礼がしたかったし、なにより機嫌がいい」

「ふーん。まぁいっか。じゃあ、席取って待ってるわね」


 紗季はジト目でこちらを見てくるが、結局俺の狙いが分からなかったのか、諦めて席を探しに行く。

 別にそんな目をしなくても、何も企んでいないのだが。

 そんなに俺が奢ることは疑われることなのかと、今までの言動を振り返りながら学食に並ぶ。

 結果的に俺が紗季に奢ったことなど片手で数えるほどしかないと結論が出ると、オーダーの順番が回ってきた。


「豆腐チゲとサラダ、それとカレーにポテトサラダ。あ、あと杏仁豆腐を下さい」

「あら、意外と食べるのね~。見た目によらず大食いね~」

「あはは、二人分に決まってるじゃないですか」

「ふふ、ごめんなさいね~。冗談よ冗談。はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 学食のおばさんと会話をする。

 今までの俺ならここまで会話を続けることはできなかっただろう。

 しかし、バイトのおかげかおばさんとの会話は得意になっていた。

 そうして受け取ったご飯をトレーに乗せ、セルフサービスの水を二人分追加して紗季を探す。

 紗季は俺に対する言動はあれだが、腐ってもモデルなため目立って見つけやすい。

 なので、そんなに苦労はせずに見つけられたのだが……。

 

「ねぇ、君がモデルの有峰紗季ちゃん?一人で学食食べるのか?だったら俺たちと食べようぜ」

「おっ、いい考えじゃねそれ」

「それなー」

「……ごめんなさい。先約がいるんです」

「じゃあ、その人も入れてさ、みんなで食べた方がうまいって!」

「みんなで食おうぜー」

「それなー」


 紗季が見知らぬ男たちと話している。会話を聞いた感じ、知人ではないらしい。

 男たちは全員髪をカラフルに染め、耳にピアスなどをしており、いかにも大学生らしい恰好をしている。

 さすがに入学して数か月でこうはならないだろうから、先輩だろうか。

 そんな人たちの前に出て紗季を救わなければならないのだが、正直言って嫌だ。

 何やってくれてんだよ……。

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