第11話 車いす少女と意外な幕引き

 翌週。


 俺はふらふらとした足先で、少女の病室に来ていた。

 思春期の女性に関するネット記事を読み漁った結果、睡眠時間が大きく削れて疲れが出てきた。

 講義を受けているときも内職して動画を見たし、外国の論文も翻訳して読んだ。

 紗季や他の患者さんたちに、すごく心配されたがこれも仕事の一つ、手を抜くことは許されない。


 コン…コン…。


「失礼します……。」


 扉を開けると、いつもの光景。

 少女が窓を見て、反応しない光景。

 何回見ても美しいと思うし、何回見ても見飽きることはない。


「それでは今日も、楽しく清掃していきますね。」


 いつも通りにモップを握り、いつも通りに俺の言葉は消えていく。


「今の女子高生って、タピオカは飲まないらしいですね。今の流行りはバナナジュースらしいですよ」

「……」


 カタッ。


 疲れのあまり、モップを手から零してしまう。


「あれ、うまく力が入らないな」


 そう俺が本当に少し、小さな、小さな声でつぶやくと。


 

 

 




 ガサッ。


 少女が思いっきりこちらを向いた。


 思いがけない行動に、目を疑ってしまう。

 初めて少女がこちらを向いた。

 振り向いた理由は不明だが、確かに少女はこちらを向いている。

 この事実がたまらなく嬉しい。


「だいじょうぶ、ですか?」


 なんと少女の方から話しかけてきた。

 少女は依然として目を瞑ったままだが、心配してくれているのは声色から伝わった。

 あの氷の少女が、俺の心配をしてくれている。

 この病室ではいつも雪が降っていたが、明日は全国で雪が降るのではないだろうか。


「は、はい、大丈夫です」

「そう……」

 

 奇跡的体験が続いて起こり、脳の処理が追い着かない。

 動揺して答えると、少女は安心したのか、もう一度窓の方を向いてしまう。

 ここを逃してしまったら、次に話せる機会はないかもしれない。

 このチャンス逃すわけにはいかない。

 行くんだここで!


「あ、あの、どうして今日は話してくれたんですか?」

「……。」


 少女は先ほどのことはなかったかのように、うんともすんとも言わない。

 ……ちょっと出しゃばった行動だったのかもしれない。

 答えをあきらめて、清掃の続きをしようとしたその時。


「どうして、いつも、はなしかけるの?」


 少女が答えてくれた。


「そ、それは……」


 これはどうこたえるのが正解なのだろうか。

 正直に『ビジネス上仕方なくです』などと答えた日には、絶縁されることは間違いない。

 なんだったら、転院される。

 頭でひたすらに考えていると、口から勝手に言葉が出てきた。


「君の誰にも言わず悩んでいる姿が、親友に似てるから」

「……。」


 


 くさっ。

 なんだこのセリフ。

 絶対、恋愛漫画読んだからだろ。

 脳内が、ピンク色になってやがるよこいつ。

 めっちゃ恥ずかしい。

 ほら、少女もひいちゃってんじゃん。


「きょうは、むり。またじかい、きいて」


 少女はそういうと、体を倒して頭まで布団をかぶってしまった。

 白いベッドや壁に強調された少女の赤い顔を、俺は見逃すことはできなかった。

 

 あれー?

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