第9話 バイト先のおばさまたち

 翌日、俺は二回目のバイト先へと向かっていた。

 先日とは違って、心なしか足取りは軽く、胸を張って歩いている。

 よし、今日は少女と話をするぞ!

 雲から見える太陽が俺を支えるかのように、まぶしく照らしていた。


◆◇


「こんにちはおばさま方、清掃の時間ですよ」

「あら、若い子が来てくれたわ~」

「楽しい時間がやってきたわね~」


 おばさまたちは目を輝かせてこちらを見てくる。

 しかし、そんなものに恐縮する俺はもういない。

 セクハラでも何でも来い。すべて相手してやる。

 と、意気込んでいたが。


「最近、孫が反抗期になっちゃってね~。まったく面会に来てくれなくなっちゃって~」

「小学五年生なんてそんなものですよ」

「でも清掃員さんって、礼儀正しいし素直そうだから反抗期ってなさそうだよね~」

「いえいえ、私にも反抗期はありましたよ。長い間そうだったので、今では親には申し訳ないと思ってます」

「以外ね~」

「いが~い」

 

モップで床を拭きながら、他愛のない日常会話をする。

前回では分からなかったことだが、会話をすることで得られる情報は多い。

前回はすぐに会話が切れてしまっていたが、会話を続けることで患者さんの様態や悩み、性格などのことが知れる。

この病院だけなのかもしれないが、みんなが病気を患ってつらい思いをしているはずなのに、前を向いていて明るい。決して空元気などではない。

正直に言って、とても楽しい。悪くないなと思っていた。

 

「なんか、今日の清掃員さんは明るいわね~」

「前は少し暗かったから、ちょっと心配してたのよ~」

「やりすぎちゃったのかなってね~」


 どうやら心配させてしまっていたらしい。


「前回は初めてのバイトで緊張していたんですよ」

「ならよかったわ~」

「ね~」


 適当な理由でどうにか誤魔化す。

 せっかく明るい人たちなんだから、暗くさせてしまっては申し訳ないし、似合わない。

 そうこうしていると、清掃が終わる。


「では、清掃が終わったので失礼します」

「お疲れ様ね~。また来てね、清掃員さん」


 掃除道具を持って扉を開けて去ろうとしたとき、ふと足が止まる。

 自分でも驚くような言葉が出る。


「私、久野賢太と言います」

「……。なるほどね~。またね、久野ちゃん」

「久野ちゃんまたね~」

「久野ちゃ~ん」


 おばさまたちみんなが手を振ってくる。

 扉を閉めた俺の顔は、苦笑交じりだった。

 どうやら、自分でも気づいていないうちに心を開いてしまっていたらしい。

 これだから、おばさまたちは困る。

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