第8話 紗季と弱音
紗季がバイトの話を出したせいか、その後のプレイに集中ができなかった。
どうしても、あの少女が頭に浮かぶ。
あの少女の美貌に惚れたなどの甘酸っぱいことが頭に浮かぶのではなく、逆にあの威圧感と絶対零度の雰囲気が頭に浮かぶ。
ある意味、一種のトラウマのようなものだ。
それほど、あの拒絶感はとんでもないものだった。
正直、あの少女と今後も話さなければいけないことが怖い。
……少し頭を冷やそう。
そうして、俺は体育館から出た。
◆◇
体育館から出て風を浴びる。
バドミントンはもろに風の影響を受けるので、窓を開けることもカーテンを開けることもできない。
体育館の近くにあるベンチに座ると、紗季が隣に座る。
持参のタオルで二の腕や、うなじを拭く姿は少し妖艶だった。
「なぁ、紗季」
「うん?」
紗季はタオルで体を拭くのをやめて、こちらを見る。
それに対し俺は下を向き、地面を見ながら言う。
「俺が必死になって少女に話しかけたところで、効果があるのかな」
「……。」
紗季と二人だけの状態なったからか、それとも、運動を終えて交感神経が落ち着いたからか、先ほどと打って変わって思わず自分の悩みを吐露してしまう。
あの時は院長の顔を立てるため見栄を張ったが、帰り道の時には気づいていた。
あの少女はそういうことを全く求めていない。
人の心情は、表情や声色で大体わかるものだが、少女はそれらを用いずに伝えてきた。
『近寄るな』と。
「だって、少女とは初対面だぜ。初対面の清掃員にひたすら話しかけられるっていやじゃないか?」
「……確かに。不審には思われるでしょうね」
「それに、一切のコミュニケーションを拒絶していたと思うんだ。俺のことを意図して無視しているというよりは、もともと認識していないみたいな」
「……。」
「そんなんだからさ、いくら仕事といっても少女に迷惑なんじゃ……」
「迷惑なんかじゃない!」
いきなりの大声でたじろいだ俺が顔を上げると、紗季の顔が近くにあった。
紗季は大きく目を見開き、食い気味になって否定した。
その拍子に、紗季のタオルが地面に落ちる。
「私はその子じゃないから、詳しくは分からない。だけどその子は表情に出さないだけで、絶対に助けを求めてる」
「っ……。」
「実際に私もそうやって賢太に助けられた。」
紗季は俺の手をぐっと握り、すごい近距離で目を合わせてくる。
いや、目を合わせるというより、俺の目を通じて俺のこころを見透かそうとしている。
そして、何かを伝えようとしている。
「賢太は人を助けるためなら、何でもできる人よ。困っている人がいたら近くに寄って、痛みを分かち合うことができる」
紗季は大きく息を吸って、言葉を続ける。
「いつから賢太はそんなに自信を無くしてしまったの?大学受験の失敗がそんなに賢太を変えてしまったの?」
紗季の言葉によって気づかされる。
確かに、俺はいつからはこんなに弱気になったのだろう。
中学・高校時代には、人の目や人の心など気にもせず行動をしていたではないか。
それが今や、人の目を気にしてうじうじして、空気を読んでしまっている。
そんなの俺らしくない。
「そうだよな」
そう言って俺は、照れくさくなって紗季から目線と手をはずし、落ちたタオルを拾いながら立ち上がる。
「紗季には恥ずかしいところを見せちまったな」
俺は拾ったタオルを紗季の頭の上に乗せ、タオルの上から頭をごしごしと撫でる。
「いいのよ別に。友達でしょ。」
紗季は特に嫌がることなく、されるがままだった。
どこか顔が笑っていたのは、きっと気のせいだろう。
「紗季みたいな友達がいて、本当に良かったよ」
そのまま俺は、撫でる手を止め、思いっきり背伸びをする。
こころとからだの疲れが吹っ飛んでいく。
「よし、久しぶりにシングルスすっか」
「いいけど、勝ったらパンケーキおごってね」
「いいぞ、今日は勝てる気がするんだ」
そう言って俺たちは、もう一度体育館の中に入っていった。
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