第7話 紗季とバドミントンサークル
ゴールデンウィークの中頃、俺は講義がないのに関わらず大学に来ていた。
なぜ来たのかというと……
「あっ、遅い。やっときたのね」
「いや、集合時間ちょうどだろ」
紗季は俺を見つけるや否や、手を振って近づいてくる。
紗季は運動しやすいようにスポーツウェアを着ており、ピンク色のスポーツチュニックと黒いレギンスが、とてもよく似合っている。
「いいのか俺のところに来て。他の男子と会話中だったんじゃないか?」
「別にいいのよ。大した会話なんてしていないし、なんか目が怖かったし」
「ならいいけど」
紗季が抜けてきたグループを見てみると、同級生だけでなく先輩までが恨みがましくこちらを睨んでくる。
中にはスマホを出している人もいることから、連絡先を交換したかった人もいたかもしれない。
申し訳ないことをした。
「あと訊きたいこともあったのよ」
「まぁ、それは後で聞くよ。今はサークルを楽しもうぜ」
体育館の鍵が開くと、俺たちはつらつらと体育館に入っていった。
◆◇
ポーン、パシュ、ポーン、パシュ。
俺と紗季はバドミントンの基礎うちを行っていた。
薬学部のバドミントンサークルは、ゲームを基本としていて、筋トレやフットワーク、ノック練習などの強くなるための練習はない。
非常にゆるいサークルで、初心者も多い。
体育館には四面のコートがあり、その一つを丸々俺と紗季は乗っ取っている。
「こうやって賢太とバドするのも久しぶりな気がするわね」
「紗季がモデルの仕事が忙しくて、最近サークル来てなかったからな」
俺たちはドライブを打ち合いながら会話をする。
お互い中学からバドミントンをしているため、会話していても余裕で打ちあえる。
「しょうがないじゃない。これが人気モデルの
そう言って、紗季はいきなりシャトルを奥に上げる。顔がいたずらっ子みたいになっていた。
俺はいきなりのショット変更に驚きつつも、落ち着いて後ろに下がってクリアを打つ。
「いきなりショット変えるなよ!びっくりするだろ」
「どうせ取れるんだからいいじゃない」
紗季はドッキリが成功した少女のような無邪気な笑顔を見せた。
さすがに七年間ずっと打っていると、お互いのことが分かるらしい。
絶対に取ってくれるという信頼感と、絶対に仕掛けてくるという信頼感。
なんか俺、損してない?
「そうそう、バイトどうだったのって訊きたかったのよ。忘れていたわ」
「あー、そういえば言ってなかったっけ」
「全く連絡してこなかったじゃない!楽しみに待っていたのに!」
そう言って紗季は、シャトルを打つ前に見るからに溜めを作った。
あ、やばい。
俺は急いで前に行き、ホームポジションに戻った。
が、しかし。
「待ってたのに!!」
パンッッ。
紗季は、美しいフォームで全体重を乗せたスマッシュを打ってくる。
俺は急いで持ち方をバックハンドにするが、間に合わない。
紗季が打ったスマッシュは容易に俺のラケットを素通りして、そのまま俺の鳩尾に当たる。
速度もコントロールも申し分なしだ!
「あら、久しぶりに打ったらレシーブ下手になった?」
「ちげぇよ!誰がクリア中に全力のスマッシュ打ってくると思うんだよ!」
バドミントンのシャトルは軽いため、当たっても痛くはないがとても恥ずかしい。
他のサークル部員は俺たちのことを好奇心や嫉妬の目で見ていたため、絶対に見られた。
あいつは女子のスマッシュも取れないと、男性陣の心の中でマウントがとられていることだろう。
「次は取ってよね」
「せめて、肩を温めてから打ってくれ。肩を壊したらシャレにならん」
紗季は俺の心情など知らんぷりで、あっけらかんと言ってくる。
俺のこと球出しマシーンかなんかだと思ってないか?罪悪感持てや。
◆◇
「で?バイトは?」
ああ、まだ続いてたのね。その話題。
そうして俺は、クリアを打ちながらバイトの話を全て紗季に話した。
「へぇ、大変そうね、バイト」
「まぁな、けど慣れていくしかない。」
「ふーん。」
「でも、考え方を変えれば、美少女とも仲良くなれるし役得だと思うんだ」
おっと、嬉しくて思わず力が入りすぎてしまった。
コートのエンドラインを軽く超えてしまいそうな俺の球を、紗季は少し顔を曇らせながらハイバックで打ち返してくる。
ちょっと厳しい球を出したからって、そんな顔にならないでほしい。
「顔は直接見てないんでしょ?まだ美少女か、分からないじゃない」
「でもな、目を閉じてても美少女だったし、紗季のような美人オーラが出てたぞ」
「あ、そう?なら美人ね。間違いなく」
紗季は見るからに顔をほころばせる。打ってきた打球からも嬉しさを感じられる。
こいつちょろすぎて心配になるぜ。どうせだから、もうちょっと遊んでやろう。
「でも、紗季ほどではないかな。紗季ほどの美人ってそうそういないもんな~」
「えへへ。まぁそうよね」
そういうと紗季は、先ほどと同じように溜めを作って膝も曲げだした。
あっ、終わった。
そのまま紗季は、膝を伸ばすようにジャンプをして、体重が乗っかったスマッシュを打ってくる。
紗季で遊んでやるかとしか考えていなかった俺に反応なんかできるはずがなく、鳩尾に重いスマッシュが当たる。
そしてそのまま仰向けに倒れる。
パーフェクト!
「私を手玉に取ろうなんて、百年早いのよ」
「ずびばぜんでじだ!!」
周りからは、『おぉ』という感嘆の声や、『ふっ』といった嘲笑が聞こえる。
お前ら取れるもんなら取ってみろや。てか、代わってくれ。
俺はもう帰る!
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