第6話 バイト終わり

 事務室に戻り、院長にバイトの報告をする。

 院長は事務室で、ファイルに入った写真に目を通していた。

 こちらからではよく見えないが、今までの入院患者との写真だろうか。

 ページをめくってはニヤニヤにして、いかにも楽しそうだ。


「院長、掃除完了しました。」

「おお、ご苦労さん。どうだった?初めてのバイトは」

「そうですね、とても疲れました」

「正直者だな君は。しっかり患者と話し合えたかい?」

 

 院長はファイルから俺に視線を移し、心配そうな目で訊いてくる。

 それに対して、俺は目を合わせることができない。

 

 思い浮かぶのはあの儚い少女のこと。


「はい、ほとんどの人とコミュニケーションは取れたと思います。」

「ほとんどの人?」

「一番上の階の女の子だけ会話ができませんでした。それどころか顔を向けてもくれませんでした」

「やっぱりね……」


 そう言うと院長は顔を下げ、考えるように顎に手を置く。

 

 やっぱりとはどういうことなのだろうか。

 他の人にも同じ態度なのだろうか。

 

 そうだとしたら少し安心する。嫌われているわけではないのだから。


「あの子はいいんだ。」


 院長は顔を上げてきっぱりと言う。

 院長の顔は作ったような笑顔ではなく、柔和な表情だった。


 院長の脳内ではスッキリしたようだが、俺は納得していない。


「どういうことですか?」

「あの子は少し事情が特別でね。あまり深いことは話せないが、これからも話しかけ続けてほしい。そして、事情は本人から聞いてほしい」

「いや、これからも絶対無視され続けますよ。先に自分の心が折れて入院するまであります」

「あはは、それなら病室を先に準備しておかないとな」


 院長は笑いながら、俺に近づき肩をポンポンと叩く。

 俺の追及はのらりくらりと無視されてしまった。


「これからもよろしくね。君にはできると思っているし、知っているよ」


 肩から伝わる院長の手は温かみを感じる。

 しかし、表情はどこか懇願するように真面目で、声にも少し重みがあった。

 

 本当に俺にならできると信じていることが伝わってくる。

 すこし買い被り過ぎではないだろうか。

 ただの大学生だぞ、俺は。

 しかも今日が初対面なはずだ、なぜそこまで信頼できる。

 

 色々と考えることはあったが、結局なにも分からない。

 分かったことは、受けた仕事の重み。

 適当に選ぶんじゃなかった。


「はぁ……、やればいいんでしょう。やれば!」


 そう言って俺は、帰宅の準備をしようと更衣室に向かった。

 やけくそになった心情が、思わず声に乗ってしまったがこれくらいは許してほしい。

 


 俺がいなくなった事務室からは、未だに院長の笑い声が響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る