第5話 車いす美少女との出会い
「じゃあ、早速今日から働いてもらおうかな」
「はい、よろしくお願いします!」
「うん、いい返事だね」
そういうと、院長はにっこりとした笑顔を見せた。
◆◇
この病院は、ここら辺の病院の中で一番大きく、多くの人が来院に来る。
また、病床数が多いので、必然的に清掃する必要がある部屋も多い。
なので正直に言って、大変な仕事だ。
だが、清掃は大変だが苦だとは思っていない。
むしろ、掃除は好きな方だ。
ではなぜ、大変な仕事なのかというと……。
「あらやだ〜、かっこいい人が来てるじゃない」
「私たちとの面会に来てくれたのかしら?」
「違いますよ!この部屋の清掃に来たんです!」
「あら。照れなくていいのに~」
おばさまたちが連携してからかってくる。
大変な理由はこれだ。
入院中のおばさまたちとの会話がきつい。
本当に入院が必要なのかというくらい、元気に話しかけてくる。
「ねぇねぇ、清掃員さんって彼女いるのかしら?」
「いませんよ……」
「なら私が立候補しようかしら~」
「あ~、私も~」
「私もしたい~」
おばさまたちがキャッキャッと楽しく談笑する。
俺は辟易としているのに、羨ましいことだ。
これセクハラじゃない?
何がうれしくて、おばさまに責められているの?
もう何でもいいから早く帰りたい。
はやく掃除を終えてしまおうと、モップを持つ手を加速させた。
◆◇
窓からの日差しが傾き、空がオレンジ色をしている。
気が付くと、お昼ぐらいから働き始めたのにもう夕方になっていた。
だが、清掃する部屋も最後の一つ。
一番上の階で、特別室のなかでも一番値段が高いであろうこの部屋。
この部屋さえ終わってしまえば今日は帰ることができる。
コンコン。
最後の力を振り絞り、ノックをして入る。
「失礼します。清掃しに来ました」
扉を閉めて病室内に目を向けると、そこには幻想的な空間が広がっていた。
夕日が差し込んで白色から橙色になった部屋。
その中に、夕日に染まらない黒い髪が一つ。
少女がいる。
少女が夕日を見つめている。
少女の肌は病院のベッドに負けないくらい白い。
それと対照的に黒い髪は、肩にかかるか、かからないくらいの長さで美しい。
こちらに顔を向けていないから確証はないが、美少女であることが容易に想像できる。
夕日、それを見つめる少女、そしてベッドの近くにある車いす。
それらすべてが組み合わさって、一枚の絵画みたいだった。
そんな絶景に思わず息を呑んでしまう。
「どちら様?」
少女は、夕日を見つめながら言葉を投げかけてくる。
想像を絶するほどに冷たい声。
見た目によらない声に、萎縮してしまう。
「きょ、今日から清掃させていただく者です」
「そう。なら早く掃除をして。出てってくれませんか」
「は、はい」
出会って早々に急かされたので清掃を始める。
懸命に手を動かすが、心ここにあらず。
どうしても考え込んでしまう。
なんと冷たい声、冷たい言葉だろう。
ここまで人は冷たい声を出せるのか。
少女の言葉の裏を読み取ろうとするが、少女のことを何も知らない以上、どうしようもない。
せめて表情から読み取ろうと、少女の顔を盗み見る。
「っ......」
◆◇
「失礼しました」
最後に声をかけて部屋を出る。
結局、少女は最後までこちらを見ることはなかったし、話すこともなかった。
「一人だけ話すことができなかったけど、時給減らないだろうな?」
部屋を出て緊張感から脱したせいか、軽口をたたく。
「これからもこのバイト続けられるかねぇ」
独り言を言いながら、事務室へ廊下を歩く。
そうでもしないと考えてしまうからだ。
清掃中にちらっと少女の顔を盗み見て思った。
少女の顔は、人形のようだった。
良い意味でも悪い意味でも。
ずっと目を瞑っていた。
表情というものが、抜け落ちてしまっていた。
きっと、少女は夕日を見ていたのではない。
少女は......。
「分かんねぇ」
俺の結論は、夕日に溶かされていってしまった。
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