足音

 目が覚めた。


 ベランダで膝を抱えていたはずのユイナは、窓から部屋に上半身を入れた状態で眠っていた。


 携帯も時計もないので、時間がまったくわからなかったが、部屋の中は真っ暗になっていた。


 床に接していた右半身が冷たかった。起き上がろうとした瞬間、急に身体が動かなくなった。


 フローリングの床を裸足で踏みしめるような、ぺたん、という音がした。


 その音は、部屋の中心に突然降って湧いたようだった。


 首を回してコウジかどうか確かめたかったが、まったく身体が動かなかった。


 ぺたん、ぺたんとフローリングを歩く音は、ゆっくりとユイナの顔の前にやってきた。


 真っ赤なペディキュアを塗った華奢な足が、すぐ目の前の床を踏んだ。


 足首から上は、闇に溶けたように見えなかった。


 足は彼女の前を通り抜け、ベランダの方へ消えていった。


 足音がしなくなった。


 知らないうちに潜めていた息が、ほっと口から出た。


 その途端、再びぺた、という音が、部屋の中央あたりに降った。


 そしてゆっくりと、ユイナの方に近づいてきた。


 それは何度も繰り返された。




 気が付くと、朝になっていた。


 身体中がこわばっていた。いつの間にかまた眠ってしまっていたらしい。


 ユイナは部屋の隅に布団を敷くと、その上に寝転がった。全身にぐったりとした疲労感が満ちていた。


 コウジがやってきた様子はなかった。


 ひさしぶりに一人で不安だったから、嫌な夢を見たのだろうと彼女は考え、無理やり自分を納得させた。


 彼がやって来るかもしれないと思うと、部屋から出る気にはならなかった。昨日買っておいたペットボトルのお茶を飲んだり、スナック菓子をかじったりしながら、ユイナはベランダでひたすらアパートの前の道路を見ていた。


 そうやっている間に日が暮れた。彼女は部屋の電気を点けた。


 こんなに明るければ、怖いことは起きないだろうと思った。


 何もやることがなくて、話す相手もいなくて、暇だった。疲れていたのだろう、眠気が押し寄せてきた。


 風呂に入るのも面倒で、布団の上に寝転がると、彼女は寝入ってしまった。




 またふと目が覚めた。ユイナは起き上がってカーテンの隙間から外を見た。表は真っ暗になっていた。


 煌々と電灯の点いた部屋にはまだ、彼女一人きりだった。


 深い溜息を吐いたとき、再び身体が動かなくなった。


 彼女の背後、部屋の中心あたりで、ぺた、という物音を聞いた。

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