忠告
暗い気分を察したのか、単にご機嫌をとるためだったのか、ある日コウジが「プレゼント」と言って、ペンダントをくれた。
箱はないが、本物のプラチナだと言われた。少し歪んだオープンハートのヘッドを、変わっていてお洒落なデザインだとユイナは思った。
「ありがとう。大事にするね」
胸が暖かかった。
ユイナはそれを毎日つけていた。ガールズバーの制服を着ると、胸元のペンダントは見えなくなってしまうが、それでもかまわなかった。
コウジと一緒にいるための、お守りのようなものだと思っていた。
ペンダントをつけ始めてから少しして、鎖の当たる部分の皮膚が赤くなってきた。肌とこすれただけだろうと思っていたが、そのうち赤い発疹が、鎖に沿うように増えていった。そのうちデコルテ全体に広がってきて、服の襟元からも見えるようになってきた。
化粧でも隠し切れないほどになり、客から「どうしたの?」と聞かれることが増えた。ユイナはそのたびに、金属アレルギーになっちゃって、と答えた。本当に金属アレルギーかどうかはわからなかったが、なぜか少しも痒くはなかった。
コウジはあまり関心がないのか、発疹に気づいているはずなのに、何も言わなかった。
顎にぽつんと発疹ができているのに気付いたある日、ガールズバーの休憩時間に、同僚の女の子にトイレに呼び出された。
話したこともない子だった。イチコという名前で、店の中では古株らしく、小柄で童顔ながら、少なくとも自分よりは年上だろうとユイナは思っていた。
「あのさ、ちょっと言いたいことがあるんだけど」
トイレに入ると、イチコは早口で話し始めた。
「あんたの後ろにさ、首がひしゃげて、顔半分潰れた女がくっついてんだよね。あたし、そういうの見えるんだけど」
ユイナは黙って、彼女の話を聞いていた。幽霊を信じてはいなかったけれど、相手の顔は真剣そのもので、それが怖かった。
「あんたさ、こういう……ハートのペンダント、いつもしてるよね。あれ、捨てた方がいいよ」
「何で?」
ふっと怒りが湧いて、ユイナはイチコに一歩近づいた。相手はまったく動じていない様子で、じっとそこに立っていた。
「そのペンダント、後ろにいる女が持ってたやつみたい。早く捨てないとヤバいよ。どうしてそんなもの持ってんの? あんた、コウジの紹介でしょ? もしかしてコウジにもらったの?」
彼女の口からコウジの名前が出てきて、急にユイナは焦り出した。
「コウジのこと知ってるの?」
小さな声で尋ねると、イチコは小さく舌打ちをした。
「知り合いの知り合いくらい。でもあいつ、腐ってるよ。あんたあいつの彼女? どこで手に入れたか知らないけど、こんなもの彼女にあげるなんて最低」
「最低じゃない……」
「サイッテーでしょ。あいつ前は振り込め詐欺の掛け子やってたんだよ。でも大元があげられたんだって。あいつも逮捕されるよ。そんでビビッて家に引っ込んでんでしょ? 違う?」
言葉が出なかった。
イチコはユイナの両肩を叩いた。
「一緒にいてもいいことない。あいつと切れて、帰るとこがあるなら帰りなよ」
強い口調で言うと、
「あと、ペンダントは捨てな」
と付け加えた。
そして勢いよく、逃げるようにトイレを出ていった。
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