変化
家出から二週間が経った。
ユイナは母親のところに帰るどころか、連絡すらしていなかった。この生活をできるだけ長引かせようと、懸命になっていた。
ある日、青ざめた顔でコウジが部屋に帰ってきて、「バイト先、なくなっちゃった」と告げた。
その時になってユイナは、彼が何の仕事をしていたのか、聞いたこともないのに気が付いた。
だけど、特に問い詰めなかった。
次の日、コウジは表に出なかった。一日中、部屋でぼーっとしていた。普段は穏やかなのが嘘のようにピリピリして、近寄りがたかった。
きっとショックが大きかったのだろう、と思って、ユイナは何も言わなかった。
その日から彼女の生理が始まっていた。百均でサニタリーボックスを買って、トイレに置いておいたら、しばらくしてトイレに入ったコウジが、「何アレ」と不機嫌な声で尋ねてきた。
ユイナが答えると、舌打ちをされた。
何が気に食わなかったのかわからなかったが、悲しかった。
次の日も、その次の日もコウジは家にいて、仕事を探す様子もなかった。ただずっとテレビのニュースを見ていた。話しかけると怖い顔をして睨むので、ユイナは一日中黙っていた。
そろそろ潮時かも、とユイナは思った。この部屋を出ていく頃合いなのではないかという気がしていた。
だけど頑張れば、もしかすると幸せだった頃に戻れるんじゃないかとも思っていた。その気持ちがある限り、ここから出て行く決心はつかなかった。
夕食の時、ユイナは「あたし、働こうか」とぽつりと言ってみた。
彼がどうするのか見たかった。
コウジは彼女を見て、それから茶碗を置いて、彼女を抱きしめた。
そして「ありがとう」と言った。
ユイナはその時ふと、取り返しのつかないことをした、と思った。
働くとは言ったものの、未成年で親の同意ももらえず、何の特技もないユイナを雇ってくれるところはそうそうないだろう。
そう思っていたら、次の日コウジが久しぶりに外出し、帰ってくるなり「バイト先見つけてきた」と言った。
彼のバイト先かと思ったら、ユイナが働けるお店を探してきた、と言われた。
彼女は次の日から、小さなガールズバーで働くことになった。本当の年さえばれなければ、あとは適当に話して、笑っていればいいと言われた。確かに思ったほど嫌な客はいなかったし、恐れていたほど怖い目にも遭わなかった。
それでも妙に疲れた。店そのものに、精気を吸われているような気がした。
店内で笑いさざめいている女の子たちも、楽しそうにグラスを傾ける客も、自分とは別の世界からやってきたように見えることがあった。
明け方部屋に戻ってくると、万年床でコウジがいぎたなく眠っていた。
そんな日々があてもなく続いた。夏の終わりが始まっていた。
世間は夏休みのはずだったが、部活動か何かだろうか、早朝や夕方に制服を着た女子高生が、アパートの外をおしゃべりしながら通り過ぎることがあった。
ユイナは時々、カーテンの隙間からそんな女の子たちを見下ろしていた。
あたしは今、あんたたちが知らない経験をしてるんだ。あんたたちみたいに呑気じゃないんだと、心の中でバカにした。
そうでもしないとやっていられないということに、ユイナは心のどこかで気付き始めていた。何のためにこの部屋にいるのか、よくわからなくなってきていた。
それでもまだ、彼女はその部屋に留まり続けた。
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