第4話 視線
「この便は航空004便。ロンドン行きでございます。お座席にお座りの際は、座席ベルトをお締めください。お手荷物は、……」
通路側の席に座って本を読んでいた。
ほのかにラベンダーのような香りがした。
香水かな、と意識が向くと、わずかに女性の姿が視界の右端にうつった。
手を上に伸ばさずに荷物を一瞬で入れた女性は、一言、
「すみません」
と言い、一足で飛び越え、隣の席に座った。
顔は見えない。
紺のライダースジャケットを着ている。
可愛さより美しさが漂っている。
美人というより、カッコいい。
ドキドキする。
一瞬で良いから顔を見たい。
たまに、後ろ姿がキレイでも顔を見たら残念ということがある。
この女性は決してそのような事故が起こる雰囲気ではない。
声をかけようか。
こんなに緊張することは滅多にない。
「……ンドン息でございます。お座席にお座りの際は、シート……」
さっきから1ページも進んでいなかった。
慌ててページをめくる。
本に意識を戻す。
すると、長くて白い手がこちらの座席に伸びてきた。
えっ!?
まさか!?
汗が出る。
紺の袖と白い手がとてもカッコいい。
その右手は僕のシート別の余りの部分を掴んだ。
あっ!
僕の座席のシートベルトは女性の腰まで持っていかれる。
声をかけるなら今しかない。
ためらった一瞬で、座席にシートベルトが全て戻ってきた。
身体が熱い。
二度も声をかけるチャンスを失ってしまった。
「皆さま、まもなく離陸致します。座席ベルトをもう一度お確かめください」
ページをめくる。
ページを戻す。進む。戻る。
内容が頭に入らない。
本を閉じて目をつむった。
左肩に触れるものを感じ目が覚めた。
とても良い匂いがする。
女性を起こさないように慎重に姿勢を正した。
今なら顔を見てもバレないかもしれない。
また鼓動が早くなる。
もしも、この白くて、すらっとした手をぎゅっとしたらどうなるだろう。
下半身が熱くなるのを感じた。
すっと、左肩の感触がなくなった。
目が覚めたのだろうか。
元々、起きていたのだろうか。
一目見たい。
「……に着陸致しました。」
目が覚める。
また眠っていたのか。
慌てて本を足元のカバンに戻した。
ベルト着用のサインが消えた瞬間に席を立った。
席に忘れ物がないか、再確認する素振りで振り返った。
女性の顔を一目見るために。
目が合う。
女性の目は少しも動いていなかった。
動かない。
この目を見ている。
思わず笑みがこぼれる。
飛行機から降りる。
同じ気持ちだったのだ。
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