7-4

 驚いた顔で振り向いた少女の瞳に、すぐさま敵意が宿った。

「あんたたち、誰」

 見た目からして十二、三歳くらいで、まだ幼さが残るあどけない顔立ちだったが、その眼差しの気迫は本物で、倫は少し気後れしてしまう。だが負けてはいられないと、すぐに表情を引き締めた。

「あっ、マルクお前、もしかしてこいつらに、アジトの場所ばらしやがったな!」

 少年たちは、倫に引っ掴まれているマルクに気づくと、責めるようにいった。

「ご、ごめん……だって、この魔術師が、痛い自白魔法を掛けるって……!」

 半べそを掻きながらマルクが釈明していると、リアンは良心の呵責に耐えかねたように顔を歪めて、低い声で言った。

「……悪いマルク、その件だが、痛い自白魔法というのは、嘘なんだ」

「……えっ?」

「自白魔法というのは、催眠状態にして聞きたいことを話させる魔法だから、痛みを伴うことはないし、そもそも俺は内職魔術師だから、そんな高等な魔法は扱えないんだ」

「……ねぇ、それ、自分で言ってて悲しくない?」

「うるさいぞ!」

 倫に白けた目で見られ、リアンは吐き捨てるように言う。マルクは騙されていたことに気づき、わなわなと唇を震わせた。

「だ、だましてたの……!」

「そうだ。悪かった」

 申し訳なさそうな顔をして謝ると、少女の眼光が更に鋭くなり、厳しい声色で叫んだ。

「御託はいいから、なんでここに来たか、目的をさっさと教えろ!」

 倫は少女を見る。浮かべている険しい表情が、痩せ細った身体となんとも不釣り合いで、まるで子猫が必死になって威嚇しているのを見ているような気分になった。

「先に、自己紹介するね。あたしは倫。あなたの名前は?」

「……マギー」

「マギー。あたしたちはね、あなたたちがバンビの偽物を作るのをやめて欲しくて、ここに来たんだ」

 そういうと、マギーと名乗った少女はぴくりと眉を動かした。

「しらばっくれても無駄だからね。この子たちが偽物を売るためのテントを設営していたのも知ってるし、証拠もきちんとここにあるんだから」

 倫は偽物のバンビを取り出すと、全員に見せる。マギーは表情を崩さなかったが、他の三人は図星を突かれた顔をしていた。

「ねぇ、どうやって偽物を作ったの?」

 何も答えようとしないマギーに更に問いかけると、ふぅと溜息を吐いて、観念したかのように話し始めた。

「……あんたたちのテントに人が集まってるのは、大分前から知ってた。闇市にあんな人だかりが出来たら、すぐ噂になるから。テントの裏で耳を澄ませて、値段を聞いた時はびっくりしたよ。あんたらいい商売してるね」

 嗤って、マギーは腰に手を当てる。

「本物は撤収作業の時にちょいっと盗ませてもらった。形自体は簡単だったから、すぐに真似出来たよ。それで同じようにテントを出して売ってみたら、皆疑いもせずに、嬉しそうな顔をして買って行ったよ」

 悪びれもしないどころか、マギーはどこか自慢げに話すので、倫は表情を厳しくした。

「……そんなことしたら駄目だよ。偽物が出回った所為で、それをあたしたちが作ったと勘違いしたお客さんが押し寄せてきて、迷惑してる。お願いだから、偽物を売るのは止めて欲しい」

「嫌だね、こっちは生活が懸かってるんだから。これを続けている限り、私は下の子たちにいい物を食べさせてあげられるんだ、止めるわけないじゃん」

 はっきりと拒絶されたが、その理由に倫はどうしても心が揺らいでしまう。少女よりも下の子がどれだけいるか分からないが、この子たちも生きる為に必死なのだと思うと、どうしても責め切れなかった。

 だが、リアンは違った。険しい表情を崩さないまま、厳しい口調で言った。

「いくら生活が懸かっていたとしても、偽物を売ることを正当化するのは間違っている。そうやって境界線をいくつも超えてしまえば、いつか君たちは、悪の道へ堕ちてしまうぞ」

「そうだよ、それに、王都には孤児を支援してくれるような……誰か頼れるような人は居ないの?」

 倫が訴えると、マギーの表情がみるみる変わった。

「……頼れる人だって? 何も知らない癖に、適当なこと言うな!」

 激しい怒りと嫌悪を向けられて、倫は思わず怯む。敵意を剥き出しにしたマギーは、怒りに任せて捲し立てた。

「孤児たちは皆、近づいてくる大人を信用しない。それが何故だか分かる? そうやって甘い言葉を掛けて近づいてくる奴は、大体子供を自分の欲を満たすモノとしか思ってないキモイ奴か、弱いやつを死ぬまで働かせて、痛めつけても何とも思わないヤバイ奴ばっかりだからだよ。特に、孤児院なんて行ったら最期、なんて言われているのを、あんたたちは知らないでしょ? それを皆分かってるから、誰の手も借りずに、汚いことをしてでも、自分たちの力でちゃんと生きていかないといけないんだ!」

 息を荒げて、マギーは叫ぶように言う。その言葉には、彼女たちが抱える苦労や苦悩が、全て詰まっているように思えた。

「……これって、本当なの?」

 倫はリアンに耳打ちする。リアンは苦々しい顔で頷いた。

「……残念だが、そういう実態はある。孤児を狙った犯罪は後を絶たないし、孤児が居なくなった所で誰も困らないから、誰も取り締まろうとしない。孤児院はあるにはあるが、大体は王都の金持ちが清廉なイメージを求めて始めるものばかりで、経営がずさんな所が多いんだ」

「……そうなんだ」

「それに、孤児院の職員と称して、子供を売り飛ばすような最低の人間もいるから、皆信用しないんだ。俺が師匠に拾われて、ここまで育てられたのは奇跡みたいなものだ」

 倫は、マギーを見やる。そんな非情で厳しい世界に身を置いて、こんな頼りない少女の背中を頼りにしている小さな子たちが何人もいるのかと思うと、暗澹たる気持ちになった。

 すると、マギーは太ももの横で握りこぶしを作ると、こういった。

「……それで、あんたたちは私たちをどうするの。憲兵にでも突き出す?」

 虚勢を張った言い方をしたが、その肩が震えているのは遠目でも分かった。必死に他の子たちを守ろうとしているが、マギーだって年端も行かぬ少女なのだ。

「私は憲兵に突き出されてももいいよ、それくらいの事はしてるし、覚悟は出来てる。でも、下の子だけは見逃して。この子たちは私に唆されただけだから」

「マギー……!」

「あんたたちは黙って。……ねぇ、どうするの?」

 怯えながらも、睨みつけられるだけの胆力を見せつけられ、倫は、うっすらと心のどこかに浮かんでいたことが、不意に頭に過った。

 目を見開いた倫は、ふとリアンの横顔を見る。そして、怒られるのを待つ子供のような、頼りない表情をして言った。

「……ごめん、リアン。あたし、今からすっごい勝手な事言うね」

「は?」

 言葉の意味が分からない様子でリアンは聞き返すが、その時既に、倫はマルクから手を離し、前に歩を進めていて、マギーの目の前に立った。

「あたし、決めた。あなたたちを憲兵には突き出さない」

「……は、なんで」

 虚を突かれた様子のマギーは、問いかけると、倫は胸に手を置いて、はっきりと言った。

「その代わり、あなたたちをうちで雇います!」

「……はぁっ⁉」

 マギーとリアンが驚愕の声をあげて、倫を見る。

 倫は、まるでとてもいいアイデアが浮かんだかのように、ふんと鼻を鳴らして、自信に満ち溢れた顔でマギーを見下ろしていた。

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