7-3
小柄な男は商会に突き出されるのを恐れてか、あっという間に情報を吐いた。
「俺が見た時は、みすぼらしいガキ共がお前の所にテントを立てて、似たような商売をやっていた。そんで、商売を終えて帰る時、出店日は、お前らの出店日の前の日にしようって話していたのを聞いたことがある。俺が覚えてるのはそこまでだ!」
男はそれだけいうと、倫から解放された途端、逃げるようにして闇市を後にしていった。
「出店日の前日か……」
倫達の次の出店は来週の水ノ曜なので、孤児たちの出店は、その前日の火ノ曜ということになる。男が本当のことを話しているか、真偽は分からないが、確かめてみないことには始まらない。
「よぅし、こうなったら張り込みだ!」
倫は覚悟を決めたように顔を引き締めるが、その表情はどこか高揚感を感じさせ、この騒動を楽しんでいるようにも見えた。
出店日の前日の早朝。今日は暗い灰色の雲が空を覆い、今にも雪が降りそうなどんよりとした天気だった。
「いまだ人影は見えず、かぁ……はむっ」
「……君は朝からよく食べるな」
テントの設営場所を見通せる路地から顔を覗かせながら、パンを齧る倫は、その背後で同じく監視しているリアンに、呆れた様子で言われた。
「えっ、だってさぁ、張り込みにはパンと牛乳が無いと……って、ここじゃそういうの無いかぁ」
独り言ちながら、倫は牛乳の代わりに、水筒に詰めた温かいコーヒーを口にした。
「さっきから君は何を言っているんだ、全く……」
先ほどから倫の言っていることの意味が分からず、やれやれと首を振る。倫はコーヒーを飲み込むと、背後のリアンの方に視線を向けた。
「この前話した時も言ったけどさぁ、張り込みくらい、あたし一人でも出来るよ?」
「君を一人で行かせたら危ないだろう。何せ向こうは何でもありの連中だ、何をされるかわかったものじゃない」
「いや、相手は子供だよ? そこまで怖くないでしょ」
「その認識が危ないんだ。大人達は所詮子供だと思って油断しているが、向こうにはどんなことでもやる覚悟でもしている子なんて、ごまんと居る。だから、警戒しないといけないんだ」
神妙な顔つきでリアンは言う。それを見上げながら、倫はぽつりと言った。
「それって、経験則?」
リアンの視線が一瞬倫に向けられるが、やがてふっと逸らされる。
「……まあ、そんな所だ。俺もかつて孤児として貧民街をねぐらにしていた時に、色んな奴と会った。生きるために盗みをやるなんて当たり前で、年上で体格のいい者たちは、恐喝や暴力で物を奪うことを、自慢げにしていたことさえある」
そう言った後、リアンは遠くを見つめる。
「勿論、俺はそんなことには加担しなかったし、そんな度胸も無かった。俺が出来たのはせいぜい、商店街の道端での靴磨きや酒場の皿洗いなんかで、早くに師匠に拾ってもらったから、それもすぐ辞められた。だが、あの時師匠に拾ってもらえなかったら、俺は一体どうなっていたんだろうと考えると……ぞっとするよ」
リアンの目が、怯えているようにきゅっと細められる。魔術師としてもそうだが、リアンは、自身の生まれでも沢山の苦労をしているようだ。だが、それでも腐らずに、道を逸れることなくここまでやってきたのは、彼の性格の成せる業なのではないだろうかと、倫は思った。
「リアン、あのさ──って、あれ!」
それを伝えようとすると、視界の端に何かが映り、倫は、はじかれるようにそちらを向くと、小さな声で叫んだ。
「……ようやく来たか」
同じ方を向いたリアンは、潜めた声で言うと、表情を引き締めた。
「おい、もうすぐ朝の鐘が鳴るぞ、急げ!」
「待ってよヤン、ラウが寝ぼけてぼくに寄りかかってくるんだよ……」
「ぐうぅ……むにゃむにゃ……」
「ったく……マルク、そんな奴置いていけ!」
設営場所に現れたのは、ぼろぼろのマントを着た、孤児と思しき少年三名だった。三人とも重たそうな荷物を抱えていて、それを地面に置くと、てきぱきと手製らしきテントを設営し始めた。
「来た、絶対あの子たちだ……!」
犯人が現れて、倫は今にも飛び出しそうになっていたが、リアンはその首根っこを摑まえて制止した。
「ちょっと待て、まだ実物を見れていない。今行ったらはぐらかされるかもしれない!」
「う、わかった……」
倫はお預けを食らったようにぴたりと止まると、三人を注視する。
設営を終えると、マルクと呼ばれた小さくて気の弱そうな男の子は、端に寄せていた、ぱんぱんに膨らんだ布袋を持ちあげて、テント内に運び込もうとする。
すると、男の子は何かに躓いたのか転びかけて、その拍子に布袋が地面にぼとりと落ちた。その瞬間、布袋の口からバンビと似た形のものが何個も出てきて、倫とリアンは一瞬で顔を見合わせると、走り出した。
「おい、何やってんだよ!」
「うぅ、ごめん……って、ヤン、なんか人が近づいてくるよ……?」
「はぁ?」
ヤンと呼ばれた少年は振り向く。倫達はテントの前に立ちふさがると、倫がどすの効いた声で言った。
「あたしたちのバンビの偽物を売ってるのは、あんた達?」
「──やべぇ、逃げろっ!」
瞬く間に子供たちは荷物も何もかもを置いて、その場から逃げ出した。ヤンという少年と、同い年くらいのラウと呼ばれた少年はすぐに逃げたが、マルクと呼ばれた少年は逃げるのが遅れ、二人の後を着いていこうとした時には、倫に腕を掴まれていた。
「離して、離して!」
「離すわけないでしょ、全く!」
か細い声で叫ぶマルクの首根っこを掴むと、倫は眉を上げて顔を覗き込む。マルクは恐る恐る顔を上げると、今にも泣きそうなほど瞳を潤ませていた。良心が傷まないでもないが、倫は心を鬼にすると、笑みを浮かべた。
「さぁて、マルクくんだっけ。今から君たちのねぐらまで案内してもらおうかな?」
「い、いやだ。アジトのことは何も教えない!」
マルクは泣きそうな顔をしながらも、味方を売りたくはないようで、ぶんぶんと顔を横に振った。
「あのね、生きるためかもしれないけど、君たちは悪いことをしてるんだよ。ちゃんと分かってるの?」
「……それは」
呆れたように倫が言うと、マルクは顎を引いて黙る。悪いことをしているという自覚はきちんとあるようだ。
すると、今まで静観していたリアンが、マルクと視線を合わせるようにして正面に跪くと、肩に手を置いて、淡々と言った。
「マルク、俺はリアンといって、魔術師をやっているんだ。実は、その気になれば俺は自白魔法を使って本当のことを言わせられるんだが、ただ、その魔法は使うと、掛けられた者に痛みが伴うんだ」
「……えっ?」
マルクの顔色が一気に青ざめた。リアンの表情は真剣そのもので、まるで嘘を言っているようには見えなかったが、倫は何かを言いたそうな顔で、そのやり取りを見ていた。
「結局真実を話してしまうなら、痛い目に遭ってからより、今話してしまった方がいいと思わないか?」
そういうと、マルクは俯いてしまう。そして、ぼそぼそと呟いた。
「……貧民街の奥にある空き家に、みんなと住んでるんだ」
二人は顔を見合わせる。
「じゃあ、そこに案内してもらおうか」
初めて貧民街に入った倫が、初めに感じたのは、異様なほどの視線だった。
王都の目抜き通りと雰囲気はがらりと変わり、古い木造の建物が所狭しと建てられている。道端には見た目からして堅気ではない者たちがたむろしていて、余所者の倫達を不躾なまでに見つめていた。
「……なんか、とっても視線を感じるんだけど」
「貧民街の連中は、余所者に敏感だからな。トラブルの元になるから、誰とも目を合わせるんじゃないぞ」
潜めた声でリアンに言われ、倫はひたすら視線を下に向けながら、マルクの案内を受けて貧民街の奥を目指した。
暫く進むと、マルクが足を止めて、正面に見える木造の二階建ての家屋を指さした。
「あそこが、ぼくたちのアジトだよ」
そこはかなり古い建物で、窓ガラスも割れて無くなっており、代わりに木の板を打ち付けて目隠しにしている。そこは、主を失ったまま何年も放置されていたような、寂れた雰囲気のある一軒家だった。
「……なんか、話し声が聞こえる」
入口に近づくと、誰かの話し声が聞こえて、言い争っているようにも聞こえた。マルクは緊張の面持ちで扉を開けると、二人を中に招き入れた。
すると、話し声が一段と大きくなり、何を話しているか分かるまでになった。
「なんでマルクを置いて来たの! 逃げる時にあの子が出遅れやすいのを知ってたでしょ!」
「だ、だって仕方ないだろ! 俺たちだって逃げるのに必死だったんだ!」
入ってすぐのリビングらしき場所には、先ほど逃げた少年たちと、その子よりも少しだけ年齢が上の少女が居た。その少女がリーダー格のようで、少年たちは少女の剣幕にたじたじになっていた。
倫は息を吸い込むと、自分たちの存在に未だ気づいていない様子の三人に、声を掛けた。
「お取込み中悪いけど、ちょっといいかな」
突然響いた声に、三人は驚いてこちらを見る。特に、リーダー格の少女は、長い赤髪を振り乱して、驚愕の顔をこちらに向けた。
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