7-2
昼休みの時間帯、倫はアーニャに店番を任せると、リアンと食堂で落ち合った。女性客が突き返してきた偽物のバンビを見せると、リアンははっきりと言った。
「これは、どう考えてもうちのではないな」
「ね、リアンもそう思うでしょ?」
「ああ。布の質もそうだが、これにはそもそも魔法が付与されていないから、完全に偽物だ」
「魔法が付与されているかどうか、リアンにはわかるの?」
「魔術師なら大体わかるさ。魔法が付与されていたら、手をかざしてみると、魔力を帯びているのを感じるんだ」
「へぇー……」
「大抵は俺の様に手をかざして判別するが、時折視覚や嗅覚で魔力を知覚するような、異能の持ち主も居て……あ、悪い。少し話が逸れたな」
リアンはうんちく好きが出てしまい、恥ずかしそうに咳払いする。倫は笑って、カリーヴルストを口に運んだ。
「それにさぁ、この偽物が売られていた時に居たのが、子供だっていうんだよね。益々意味わからなくない?」
すると、リアンは白身魚のフライを食べようとする手を止めた。
「子供が?」
「偽物を買わされたお客さんが言うには、そういう話なんだよね」
「……そうか」
「……どうかしたの、なんか変な顔してるよ」
「いや、確信は持てないが、その子供の正体が、分かってしまったような気がしてな」
「どういうこと?」
倫は問いかけるが、リアンは確証の無い事は言いたくない様子で、口を閉ざしてしまった。
食事を終えた後、アーニャへのお土産を手に、ついでに情報を共有しようと商会に立ち寄ると、運よく受付付近にクローデンスが居て、倫は大声で呼び留めた。
「おーい、クローデンス‼」
「っ、うるせぇな、そんなデカい声出さなくても聞こえてる!」
「ははは、ごめんごめん。ちょっと話したいから時間ちょーだい!」
「……お前、段々有無を言わさなくなってきたよな」
呆れながら呟くと、クローデンスは倫を一瞥する。そして、倫が手にしていたアーニャへのお土産が入った紙袋を、ぱっと盗ってしまった。
「あぁっ、ちょっと!」
「これ、ホットドッグか。いいね、丁度腹が減ってたんだ」
「ちがっ、これはアーニャの、仲間のお昼ご飯なのー!」
「そんなの知るかよ。どうせ俺の情報目当てに来たんだろ、その駄賃だと思って諦めるんだな」
「もー‼」
取り返そうと手を伸ばすが、クローデンスと倫の身長差ではどうしても届かず、結局アーニャの為に買ったホットドッグは、クローデンスの胃の中に収められてしまった。
「で、話ってなんだ」
口元をぺろりと舐めながら、クローデンスは問いかける。倫はホットドッグのことは諦めて切り替えると、今朝の出来事を話した。
「偽物、ねぇ」
「今朝は大変だったんだから、三人のお客さんにめちゃくちゃキレられてさぁ……それに、偽物って。そんなのいつの間に作ったのかな」
愚痴を零すと、クローデンスはしばし考え込んでいる様子だったが、やがてぽつりと呟いた。
「……以前した、商会の許可無しに、違法で商売する奴がいるって話、覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ」
「そういう奴は、大抵盗品を売ってるんだが、ここ一年くらいで、闇市の方で魔法道具屋の商品の偽物が出回っているって報告が、何件かあがってたんだよ。なんでも、被害に遭った所はその前に商品が一つ盗まれているって聞いたが、お前の所はどうだ?」
「……あ!」
ぴんと来て、倫は声を上げる。今朝アーニャとバンビが一つ行方不明になった話をしたばかりで、その話をクローデンスにもすると、合点がいったように頷いた。
「決まりだな。そいつらの仕業だ」
「でも、お客さんが言うには子供が居たって聞いたけど、どうして子供がそんな事するの?」
純粋な疑問を投げかけると、クローデンスは不思議そうに言った。
「お前、ここに来る前リアンに会ったんだろ。あいつ、何も言わなかったのか?」
「え、何も言われてないけど。なんでリアンが出てくるの?」
「……まぁ別にいい。その偽物を作っているのは、貧民街にねぐらを持つ、孤児だって話なんだよ」
「……孤児が?」
倫はつい聞き返した。そして、先ほど一緒に昼食を取った時、何故リアンが犯人の正体を話すのを躊躇っているのか分からなかったが、その理由がようやく分かった。元々孤児であったリアンは、子供たちの正体にいち早く気づいていたのだ。
「あいつらは生きるために何でもやるからな。すばしっこくて隠れるのも上手いし、結束も固いから中々居場所が掴めないんだ。普通の盗賊よりも厄介な相手だよ」
「そうなんだ……」
表情が曇っていく倫に、クローデンスは目を細めると、こう言った。
「なんだ、同情でもしたか?」
「ちょっとだけね。でも、このままうちの商品の偽物を放置するわけにもいかないから、犯人を突き止めないと」
「……で、今まで商会も憲兵も突き止められていないわけだが、どうやって探すかはもう決めたのか?」
「一応ね。……本当はやりたくないけど」
倫は溜息を吐いたが、覚悟を決めた様子で、表情を引き締めた。
晩の鐘が鳴り、皆が店じまいを始める頃。倫は、いつもテントの近くで商売をやっている男に近づいて、声を掛けた。
「ごめんなさい、ちょっといいですか?」
「……なんだよ」
ひどくしゃがれた声をした小柄な男は、片付けの手を止めて、不機嫌そうに振り向いた。この闇市は、トラブルに巻き込まれない為に商売人同士であまり会話をしないという暗黙のルールがあったが、それを破った新参に、少し苛立っているようだった。
「最近、私達がテントを立てている場所で、誰かが勝手に、うちの商品の偽物を売ってるって噂を聞いたんですけど、何か知りませんか?」
「知らねぇなぁ」
男は間髪入れずに答えて、そっぽを向くと片づけを再開する。倫は眉を上げると、更に続けた。
「いやでも、あなた毎日ここにいますよね。それなのに知らないっておかしくないですか?」
「知らねぇもんは知らねぇよ。さっさと帰んな、嬢ちゃん」
小ばかにしような態度に、倫はむっとすると、男は面白がるように笑みを浮かべた。
「おいおい、そんな怒った顔するなよ。……まあ、知らねぇってのは、ちょっと言い過ぎたかもな」
「やっぱり、何か知ってるんですか?」
「場合によっちゃあ、何か思い出すかもしれねぇなぁ」
「場合によるって、何が?」
「おい、わかるだろ。これだよ、これ」
そういって、男は笑みが下卑ていき、指で硬貨のマークを作った。倫は呆れた様子で溜息を吐くと、男は調子に乗った様子で、倫の全身を舐めまわすように見た。
「……まあ、嬢ちゃんなら特別に、コレの代わりに、ちょっと相手してくれるだけで教えてやってもいいけどな?」
そういって、男は倫の肩に手を触れる。
すると、瞬く間に、男の全身に緑色の雷撃が走った。
「がぁッ⁉」
凄まじい衝撃と痛みで、男は跳ね返るようにして尻もちをつくと、石畳の上でのたうち回った。
「いてぇ、うう、いてえぇ! ちくしょう、何しやがる!」
「あー、念の為、防犯用魔法道具を買っといてよかった。なんか、あたしもちょっとピリピリするけど」
倫は服の中にしまっていた、緑色の丸いペンダントを取り出すと、手の中で弄ぶ。
「お前、ふざけるなよ!」
「ふざけてんのはあんたでしょうが!」
倫は、石畳で寝転がる男を跨いで見下ろすと、強い口調で言った。
「あんたが前から盗品を売ってるのは分かってんの。商会に突き出されたくなかったら、知ってること教えて!」
「なっ、なんでそれを……!」
「ほーらやっぱり。あんた、あたしが働いてる店で、盗賊で有名な奴と会っては話し込んでるから、怪しいと思ってた!」
「……あっ、お前もしかして、小鹿亭のところのウェイトレスか!?」
「今更気づいたの? まあいいけど、あんたが知ってること、ぜーんぶ話してもらうからね」
倫は不敵な笑みを男に近づけると、小柄な男の表情がどんどんと慄いていった。
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