みなしごと貧民街

7-1

 年末年始の休暇期間が終わり、商店街や飲み屋街が店を開け始め、王都が通常に戻りつつある頃。露店エリアも再び解放され、倫達も出店を再開しようとしていたが、思わぬところで躓いてしまった。

 主婦たちが親戚の集まりなどで年始はずっと忙しく、在庫を増やす時間が無かったせいで、手元に残るバンビの数がわずかしかなかったのだ。

 これでは販売してもすぐ売り切れてしまうと判断し、出店を二週間ほど遅らせて、全員が総出で在庫を確保することとなった。

 そしてようやく出店出来る目途が立った頃、事件は起こった。


 二週間遅れで出店した倫は、慣れた手つきでテントを設営すると、額に滲む汗を手で拭った。

「ふう、久々の出店が晴れの日で良かったぁ~」

 冬には珍しい晴れ間が覗き、幸先の良さを感じながら、テーブルをテントの中に運び込む。すると、中でバンビを用意していたアーニャが、困った顔をしていた。

「……やっぱり合わないわ」

「どうしたの?」

「あ、リン。実は、持ってきたバンビの数が、作った数と合わないのよ」

「合わないって、持ってきた分が足りないって事?」

「そうなの。といっても、一つだけなんだけれど。もしかして、何処かで落としちゃったのかしら……」

「そっか……でもまあ、一つだけならそこまで損失でも無いし、次から皆で気を付けよっか」

 その時は特に深くは考えず、なるべく紛失しないように意識をすればいいという結論で終わり、倫達は開店準備を進めた。

 開店準備が丁度終わる頃に朝の鐘が鳴り、看板を置きに倫が外に出ると、通りの奥から、真っすぐこちらに向かってくる女性の姿が見えた。

(あっ、もしかしてお客さんかな?)

 その女性は、服装からして闇市の商品を求めるような客層には見えず、早速客らしき姿が見えて、倫は内心喜びながらテントの中に戻った。

「ねーアーニャ、お客さんっぽい人がこっちに来てるよ!」

「あら、本当? 開店してすぐに来てくれるなんて、嬉しいわね」

 二人は笑い合って客が来るのを待っていると、テントの入口が開く音がして、倫はにこやかな顔で振り向いた。

「いらっしゃいま、せ……?」

 元気よく挨拶しようとしたが、倫は目を丸くして勢いが失速していく。それは何故かというと、挨拶をしたその女性が、とんでもなく怒った顔をしていたのだ。

「バンビとかいうのを売ってるのって、ここで間違いないわよね⁉」

「は、はい……そうですが……」

「ああ良かった、ようやく文句が言えるわ。何よ、この酷い商品は!」

 女性が甲高い声で怒鳴り上げて、その声量で倫は頭が眩んだ。

「こんなお粗末なものを高い値段で売って、恥ずかしいと思わないの⁉」

「ちょ、ちょっと待ってください。とりあえず落ち着いて……」

 勢いに押され通しの倫は、女性を落ち着かせようとするが、再びテントが開かれて、嫌な予感が背筋を通り抜けた。

「ちょっと、バンビを売っていたのはここ⁉」

「とにかく凄いって聞いて来たのに、こんなぼろきれ売りつけて、一体どうなってるの⁉」

「え、えええ⁉」

 立て続けに二人の女性が怒った様子でテントに入ってきて、倫は更に混乱する。突然のことに驚いて、テントの奥で固まっていたアーニャは我に返ると、急いで倫の元に駆け寄った。

「あの、すみません! 少し話を聞かせてくださいませんか?」

「お話も何も、あなたたちが売ったものが最低だって話よ!」

「そうよ、こんなの最低だわ!」

「返金しなさいよ、返金!」

 怒りによって結託した女性三人は、倫とアーニャを取り囲んで捲し立てる。その激しさに二人は瞬きしたが、バンビに揺るぎない自信を持っている倫は、負けじと声を上げた。

「あの、皆さんのお怒りは十分伝わりましたから、せめてどういった面で良くなかったのか、具体的に教えて欲しいです!」

 すると、三人はようやく怒鳴りつけるのを止めて、どんなクレームがあるのか話してくれた。

 話を聞いた所、経血の吸収力が優れていると聞いていたのに、あまり吸収しなかったとか、漏れないから安心できると言っていたのに、経血が漏れて服が汚れたとか、布が弱すぎてすぐ傷み、肌が痒くなったなど、本来であれば、有り得ないような批判だった。

(いや、そんなことは無いはずなんだけどなぁ……)

 実験台になった身としては、全てのクレーム内容に納得がいかず、首を傾げながらも、女性たちに問いかけた。

「あの、実物を確認したいんですけど、持ってきている方はいますか?」

「あるわよ、ほら」

 真ん中に立っていた女性は腕に提げていた鞄を探ると、まるで印籠を突きつけるように、実物を見せてくる。

 それを見た瞬間、倫の目の色が変わった。

「……それ、絶対うちのじゃない!」

「はぁ?」

 倫の叫びに、女性たちは訝しんだような顔をした。倫は見せてもらった実物を手に取って、繁々と見つめる。まず、布の質が、扱っているものよりもかなり低かった。形はかなり似ていたが、布はゴミ箱から拾い集めたようなボロボロのもので、確実に、倫達が扱っているバンビではないことが分かった。

「うちのじゃないって、どういうことよ! ちゃんとここで買ったのよ⁉」

「そうよ、惚けないで!」

 倫が惚けようとしていると思ったのか、女性たちは更に怒りの表情を浮かべたが、倫はテーブルに並べられたバンビを一つ手に取ると、比べて見せた。

「これをよく見てください! 全然違うと思いませんか?」

「そんなことあるわけ……あら?」

 呆れた顔をした三人が、怪しみつつ持ち込まれたものとバンビを見比べると、表情が変わった。

「……確かに、ちょっと違う」

「というか、全然違うんじゃない?」

「形はそっくりだけど……仕上がりはまるで別物だわ」

 三人は口々に言い、困惑の表情で顔を見合わせる。

「でも、私たちは確かにここで買ったはずなのに……」

「あの、これって、いつ買ったものですか?」

 アーニャが問い掛けると、三人が順々に答えた。

「私が買ったのは先週よ」

「あ、私も」

「私は先々週に買ったわ」

 倫はぎょっとした。

「ちょっと待って、うちは先週も先々週も、店を出してないです! 今日が新年初の出店なんですけど!」

「えぇ、でも、確かにここのテントで買ったはずなのに……!」

「商会に確認してもらえれば、うちが先週まで出店していないことが分かるはずです。信じてください、あたしたち、こんなお粗末なもの売ったりしてません!」

 はっきりと倫が言うと、三人は居心地が悪そうに顔を見合わせる。

 話が全く噛み合わず、テント内の全員が困惑していると、女性客が、テント内を見渡して、ぽつりと呟いた。

「……そういえば、私が入った時、こんなに綺麗なテントじゃなかったような気がするわ」

「確かに、そう言われてみれば……それに、店員も、あなたたちよりも、ずっと小さな子供だったような……」

「子供……?」

 偽物のバンビの次は、偽物の子供の店員と来て、倫はいよいよ何もわからなくなる。

 鈍い頭痛と共に、何かの問題に巻き込まれていると、とてつもなく嫌な確信をした。

  

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