6-4
その日の昼、再び商会を訪れた倫は、以前クローデンスと会った──というよりは喧嘩した──部屋に入ると、そこにはテーブルにふんぞり返る彼が居た。
「……」
こちらを怠そうに見つめているクローデンスを視界に入れつつ、何も言わないまま正面の椅子に座ると、まっすぐ睨みつけた。
どちらかが会話らしい会話をするでもなく、この部屋に漂う、張り詰めた緊張を感じながら、ただ睨み合っていると、クローデンスが呆れたような顔をした。
「……おい、いつまで見つめ合ってるつもりだ? 俺にアピールしたいならさっさとしろ」
そのぶっきらぼうな言い草に、倫は少し腹が立ったが、ここで怒っていてはあとあと持たないと抑え込んで、細く息を吐くと、鞄から以前見せた布ナプキンを取り出した。
「以前見せたものですけど、あの時は使い方とか性能を説明させてもらえなかったので、今から説明します」
真面目ではあるが、含みのある嫌味な言い方に、クローデンスは不快そうに眉を動かしたが、舌打ちをして早くしろという風に手を動かした。
倫は布ナプキンを手に取ると、クローデンスに見えやすいように、該当の箇所を指しながら説明を始めた。
「まず、この道具は穢れの日に使用して、経血を吸収してくれるものです。この中央の部分は直接肌に触れる部分だから、魔法付与によって、柔らかくふわふわに仕上げてあります。完成品だと見えないけど、この下には経血を吸収できる布、その更に下には吸収した水分が下から漏れないよう、撥水性がある布になるよう、それぞれ魔法付与が施されています」
ここまで説明して、倫はちらりとクローデンスを見る。彼は何も言わずにこちらを見つめていて、その瞳は続けるよう言っているように見えた。
倫はここまで横槍を入れられず、順調に説明出来たことに手ごたえを感じながら、説明を続けた。
「この羽みたいな所についてる部分は、道具をショーツに固定するためのもので、ボタンで留められるので、ズレたりせずに、快適に使うことが出来ます。あと、これの最大の利点は、何度も洗って使えることで、何度洗っても肌触りを保てるように、魔法付与で調整してあります。この魔法付与は全部、リアンが独自に研究してやってくれました」
倫は布ナプキンを置いて、真剣な表情でクローデンスを見る。
「男性にとってこれが縁遠いもので、忌み嫌われているのも分かってます。それは女性も同じです。それでも、穢れの日は切っても切り離せないもので、終わるまでずっと付き合っていかなきゃいけない。それなら、少しでも快適に過ごせる道具が、この国には必要です。だから、これは絶対に売れると確信してます」
だから、と続けようとして、倫はぐっと顔を歪めた。別にお願いすること自体が嫌なわけじゃないし、頭を下げることに屈辱を覚える訳でもないが、散々な言い方をされたこの男にだけは、どうしても躊躇ってしまった。
(でも、そんな安っぽいプライド一つ捨てられないことを、あいつは絶対に見抜いてくるし、絶対指摘してくる。それに、あくまでこっちは頼んでいる側なんだから、ちゃんと誠意を見せないと……)
心を決めて、倫は椅子から立ち上がる。クローデンスがそれを見据える中、倫は頭を下げて、絞り出すように言った。
「……お願いします、協力してください!」
クローデンスは、表情一つ動かさず、それを眺めていた。倫は頭を下げたまま、いい返答を待っていると、やがてクローデンスは口を開いた。
「お前みたいな小娘が頭を下げたって、なんの価値も無いのがわかんねえのか?」
掛けられたのは賛同の言葉ではなく、冷ややかな嘲笑だった。
倫は顔を上げて、クローデンスを信じられないものを見るような目で見つめた。
「……ねぇ、聞きたいんだけど、なんでそんなに女を目の敵にするわけ?」
「それを話してどうなるってんだ」
あくまで話す気が無いようで、クローデンスは鼻で笑う。
「お前は分かっちゃいねえんだろうが、俺がそんなくだらねえ商品を推薦したら、商会での地位が下がるんだよ。特に、お前みたいな女に頼まれてなんて言われたら、一生笑いものだ」
怒りを焚きつけるようにして煽るクローデンスに、倫は爆発するような怒りを通り越して、ただ、彼が何故こんな風な人間になってしまったのか、という哀れみしか生まれなかった。
「……最初から、話を聞く気なんて無かったってことね。じゃあ、なんで手紙を送ってまであたしを呼んで、チャンスを与えるなんて言ったの? ただ、あたしを馬鹿にしたかったの?」
呆れた顔で椅子に座り直る倫に問いかけられると、虚を突かれたように、クローデンスの勝ち誇ったような表情が消え失せた。
(……そういえば、俺はなんでコイツをもう一度呼んだりした?)
倫からの問いかけを、頭の中で反芻する。自分は女が嫌いで、話すのも視界に入れるのも嫌いだ。胃の辺りがムカムカして堪らなくなるからだ。
それに、倫のような我が強い女は特に嫌いで、思い出すだけで吐き気がするほど憎んでいる。それなのに、何故倫とまた話そうと思ったんだ。
ふと、昨日、リアンと話したことを思い出す。そうだ、あの時はそれなりに酔っていてあまり思い出せなかったが、昨日奴にそそのかされたのだ。だが、知人に言われたくらいで、わざわざ手紙を書いてまで、もう一度話そうとするなんて考え直すような自分じゃない。
だったら何故、と考えていると、芯の強い倫の声が耳朶を打った。
「第一、さっきから人を女呼ばわりしてるけど、あたしの名前は〝女〟じゃない。あたしの名前は倫、男とか女とかじゃなく、ちゃんとした一人の人間! 性別の記号なんかじゃなくて、あたし自身を見てよ!」
なんの飾りも無いのに、何故か説得力を感じる力強い言葉と、射抜くようにまっすぐ向けられた眼差しに、否応なく心が動く。だが、それが腹を渦巻く苛立ちを助長させて、こてんぱんにするまで言い返したくなったが、何故か、その時はそうはしなかった。
「……いいだろう」
そういって、今まで崩していた姿勢を正し、腕を組むと、倫を見据えた。
「今この時だけ、お前が女だということを忘れて話してやるから、俺を納得させてみろ」
倫は表情を明るくして、クローデンスを見た。
「これを普通に申請すれば、審査会のジジイ共が騒ぎ出して、申請は即却下されるだろう。まあここまでなら、お前らも想像が付いてたことだ。そして、俺はそれをうまく丸め込むことが出来ると自負している」
自分の能力に相当な自信があるようで、クローデンスは誤魔化さずにハッキリと言った。
「じゃあ……!」
「だが、それをするメリットはなんだ?」
一瞬期待を寄せたが、クローデンスにそう問われて、倫は困った顔をした。
「さっきも言ったが、丸め込める自信はあっても、感情ってのは厄介で、向こうが穢れの日への嫌悪を優先することも十分考えられる。そうなったら、俺は審査会の地位を失いかねない。そのリスクに見合うほどのメリットを、お前は提供できるのか?」
馬鹿にしたような表情はどこに行ったのか、クローデンスは真剣で厳しい表情をしていて、先ほどよりもずっと威圧感があった。
背筋がぞくりとして、倫は必死に答えを探す。正直な所、提供できるものなど、今の自分には一つも無いが、それでもクローデンスに協力するメリットがあると思わせなければいけない。
そう思った時、倫は頭に火花が走り、口元に笑みを浮かべた。クローデンスはそれを訝しんでいると、不敵に笑う倫は、強い自信を持って言った。
「あたしは、これが世界を変えられる道具だって確信してる。だから、クローデンスがここで協力したら、ひょっとしたら歴史書に名前が載るかもしれないよ。──逆に聞くけど、その機会を逃しちゃっていいの?」
クローデンスは、倫のあまりにも強気な発言に面食らって、数秒息をするのも忘れてしまった。だが、そのあと、こみ上げてくる笑みを抑えきれず、くつくつと喉を鳴らして、やがて大きな笑い声をあげた。
「……くくく、ははははは!」
「なぁっ、ちょっと何笑ってんの! こっちは真剣に言ってんだけど!」
笑われるとは思わなかったのか、少し恥ずかしそうに不満を漏らすと、クローデンスは笑いの余韻を引きずりながら、立ち上がった。
「お前、言うじゃねえか。いいだろう、興が乗った。お前らに協力してやるよ」
クローデンスが手を差し伸べて、倫に握手を促す。初めて会った時は見向きもしなかったのを根に持っていた倫は嬉しそうに立ち上がって、手を伸ばした。
「本当? やった、ありがとう──あぇっ?」
握手をしようとすると、クローデンスがその瞬間手を上に持ち上げて、倫の手をさっと躱した。
「……? ……⁉」
「協力するからって仲良しこよしするわけじゃねえよ、馬鹿だな」
鼻で笑って、意味が分からず見上げている倫を嘲わらうように見下すと、クローデンスは空き部屋を去っていく。
開いた口が塞がらないまま、遅れてやってきたムカムカと湧き上がる怒りに任せて、去り際の背中に捨て台詞を吐いた。
「……アイツ、やっぱ嫌い!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます