6-5

「次の方どうぞー」

 相も変わらず摩訶不思議なもので溢れる商会の受付に、声が響いた。

 露店エリアの受付を担当している女性は、先ほど申請されたアイスウルフの毛皮コートに関する書類をまとめながら、次の人の顔も見ずに受付のカウンターから手を差し出した。

「申請書お預かりいたしまーす」

 間延びした声を掛けると、お願いします、と元気な女の子の声と共に書類が手に置かれ、そのまま受け取って顔の前まで持って行った。

「えーと、なになに……ってこれ!」

 受付の女性の顔色がみるみる変わり、はじかれるようにカウンターを見る。だがそこにはすでに声の主はおらず、代わりに実物が入っていると思しき紙袋が置かれていた。

(ちょっと、穢れの日の道具って……! こんなの審査会に渡せるわけないじゃない!)

 激しく狼狽えながら、辺りを見渡す。穢れの日が口にするのも憚られるほどの、タブー中のタブーなのは全国民知っていて、これを審査会に提出したらどんな目に遭うか分からない。

 商会に就職して二年目の自分に判断が出せるわけもなく、必死で上司を探していると、背後から声を掛けられた。

「何キョロキョロしてる」

「──え、クローデンスさん……?」

 振り向くと、そこにはクローデンスが居て、更に動揺した。彼は若くして審査会のメンバーに抜擢される程優秀な人だが、その一方で女嫌いとしても有名で、関わることはそれなりにあったが、目も合わせなければ、挨拶してもスルーは当たり前という、正直苦手な人だった。

 そんな男に話しかけられるとは思わず、女性は動揺でつい口を滑らせてしまった。

「あの、先ほど申請が来た品に問題が……」

「見せてみろ」

「あっ!」

 クローデンスは返事を待たずに女性から書類を奪い取る。そして、もう遅いが彼に穢れの日に関するものなど見せてしまったら、不快さで怒り狂ってしまうのではないかとハラハラしたが、反応は意外と薄かった。

「……これ、お前んところの上司にはもう言ったのか?」

「いえ、これから相談しようと思っていたんですが……」

「その必要は無い。俺が審査会に持っていく」

「え⁉ で、ですが、これはさすがに上司に相談しないと……!」

「おい、実物はその紙袋か?」

 女性は怒られたくない一心で止めようとするが、話を聞くつもりが無いクローデンスはカウンターに置かれた紙袋を手にした。

「クローデンスさん、困ります……!」

「いいから仕事に戻れ。上司に何か言われたら、俺が勝手にやったって言っとけ」

 それだけ言って、クローデンスは申請書と紙袋を手に、受付を去っていく。女性は困った顔をしてそれを見送ると、ぽつりと呟いた。

「……大丈夫かなぁ」


 長い廊下を歩き、辿り着いた観音開きの扉を開けると、円卓を囲む六人の老齢の目が、一斉にクローデンスに向けられた。

「遅いぞ、クローデンス」

「すみませんね、ちょっと野暮用がありまして」

 注意したメンバーの一人に睨まれるが、クローデンスは全く気にしていない様子で適当な謝罪を述べると、空いている席に座った。

 皆この様子には慣れてしまっている様子で、呆れた顔で溜息を吐くと、気を取り直して審査会の進行が始まった。

「えー、今週申請が来たのは十四件で、まず……」

「あー、すいません。ちょっといいですか」

 ようやく始まろうという時にクローデンスが進行を止めて、隣に座っていたメンバーが叱りつけた。

「なんだいきなり、今始めようとしていた所だろう!」

「いやねぇ、審査に一つ加えてほしいものがあるんですよ。審査委員長、いいですか?」

「……いいから持ってきなさい」

 スムーズな進行はすでに諦めた様子の審査委員長は、クローデンスを手招きする。クローデンスは立ちあがり、申請書と紙袋を渡すと、審査委員長の、加齢で細くなった目がかっぴらいた。

「……貴様、なんの真似だ!」

「なんの真似って、どういう事ですか。俺が作ったわけじゃないですよ」

「そんなことを言っているのではない! 何故、穢れの日の道具の申請書など持ってきたのだ!」

 審査委員長の怒号に、メンバーが一気にざわついた。

「穢れの日だと……? なんとおぞましい!」

「そんな汚らわしいもの、よくも持ってきたな!」

「俺はただ、受付を通りがかった際にたまたま見かけただけですよ」

 クローデンスはしらばっくれると、怒りと恐れが入り混じり混乱する円卓を静かに観察した。

(まあ、ここまでは予想通りだ。後は話を聞いてもらえるかだな)

「もういい、さっさと席に戻れ。こんなもの、目にするのもおぞましい。皆のもの、却下で異議は無いか?」

 審査委員長は苛立たしげに言うと、他の老年のメンバーは頷いた。

「では、却下とする」

 そういって却下の判を押そうとしたが、席に戻ったクローデンスは反対した。

「委員長。お聞きしたいのですが、なにも審査せずに却下するのなら、審査会がある意味とはなんなのでしょうか?」

「クローデンス、これは例外だ。このようなおぞましいもの、審査するまでもない」

「はぁ、つまりは感情を優先して、審査を拒むというわけですか。全く、審査会も落ちたものですね」

「なんだその言い種は、失礼だぞ!」

 一人のメンバーが口を挟むと、クローデンスはその男を睨みつけた。

「失礼なのはどちらか。正当な審査なく適当に却下されたようでは、いずれ審査会の信用は失墜しますよ」

 その言葉に、口を挟んだ男は苦虫を噛み潰したような顔した。審査委員長も同じような顔をしていたが、痛い所を突かれたようで、低い声で言った。

「……確かにその通りだ。皆、書類を回して読んでくれ」

「よろしいのですか……!」

 委員長の決定に、皆は顔を見合わせていたが、やがて申請書と実物が回されていき、最終的にクローデンスの手元に渡った。

「書類を見る限りだと、使用される布にそれぞれ魔法付与が施されていて、一つ一つ手作りされているようですね。実物を見る限り、形や縫い目もしっかりしていますし、モノは中々悪くないんじゃないですか?」

 クローデンスは実物を眺めながら言うが、皆の表情は固かった。

「だが、この国で穢れの日がタブーなことは国民の共通認識だ。その為の道具など持ち込んでしまえば、この国の秩序に関わるぞ」

 委員長は真面目に話していたが、その表情には拒絶と不快感が露わになっていた。それは皆も同じで、最初から却下する前提で話を進めたいようだった。

「そうだ、王都の神聖さを保つためには、市場に穢れの日に関わるものなど置くべきではない。むしろ排除すべきだ!」

 一人がそう豪語して、皆がそれに同調するように頷いている。すると、クローデンスは眉をぴくりと動かして、前のめりになった。

「なるほど、貴方は穢れの日に関わるものは、市場から全て排除するべきという考えなのですね?」

「そうだ。そうしなければ、この国が穢れてしまう!」

「であれば、穢れの日が訪れた女性を市場から追い出さないのは何故ですか?」

「……は?」

 思わぬ質問に、男は目を白黒させた。

「商会も、職員の三割ほどが女性ですよね。貴方達の言葉をなぞるなら、彼女たちに穢れの日が来たら、神聖なる王都を汚す存在になりますよ。追い出さなくて大丈夫ですか?」

「それは……!」

 男が反論しようとするが、クローデンスはそれを遮るように捲し立てた。

「でも、そんな規則はありません。何故なら、彼女たちが居なければ仕事が回らなくなるからです。商会でもそうですが、それよりも膨大な人間が働く市場なら、その制度を導入したら、きっと機能しなくなりますよ」

「き、君が言っていることは屁理屈だろう!」

「本当に屁理屈でしょうかね。いいですか、あなたたちは穢れの日を不浄視していながら、表面化したものだけを忌み嫌い、中身の無い正義を振りかざしているんですよ。そんなもの、中途半端もいい所だとは思いませんか」

 その言葉に、全員が反論しようとしていたが、結局口を噤んだまま、ばつが悪そうに視線を下げていく。

 クローデンスは落ち着くように息を吐いた。

「まあ……ここまで捲し立てましたが、俺は正直、穢れの日なんて心底どうでもいいんです。俺たち男にとっては関係のない話だ。でも、あなた方の妻や娘、孫娘にとっては、自身の身体に起きる、重大な事です。その愛するひとたちの為に、古い価値観を捨てようとは思えないんですかね」

 俺は独身なので分かりませんか、と後付けして、クローデンスは背もたれに体重を預ける。すると、何人かが、心を動かされたように表情を変えた。その中には、委員長も含まれていた。

(いいぞ。そのままでいい)

 これを好機とばかりに、クローデンスは最後の仕上げに取り掛かった。

「それに、この商品は間違いなく売れますよ。なんせ、購買対象が、王都のほぼ半分の人口ですからね。最初は取っ付きにくいでしょうが、便利さには代えられません。その利益は、手数料としてうちに返ってきます。ここで手放したら、必ず損しますよ」

 強い語気で締めると、クローデンスは周りを見る。何人かはすでに心を動かされていて、審査前と円卓の雰囲気がかなり変わっていた。

 すると、隣の男が鬼の首を取ったかのように、薄ら笑いを浮かべて言った。

「女嫌いのお前が、何故ここまで肩入れするんだ。先日、お前が商会の中で若い女と会っていたのを知っているぞ。結局はお前も色に弱いのか、え?」

 クローデンスはその男を睨みつけると、わざとらしく大きな声で言った。

「それで俺の秘密を握ったおつもりか。それなら、どこぞの魔術師が作った効くかもわからない精力剤を、何故かなんの議論も無く承認したあなた方についてもお話しましょうか?」

「う……!」

 隣の男は図星を突かれたようにうめき声をあげ、他の数人も同じような表情を浮かべると、慌てて顔を逸らした。

「そこまでだ!」

 委員長の声が部屋中に響き渡り、皆が一斉に彼を見た。

「……どういう背景があったにせよ、君の熱意は十分伝わった。いいだろう、申請を承認する」

「委員長、なりません!」

 他のメンバーは止めようと立ち上がったが、委員長の決断は固いようだった。

「皆が反対する気持ちも十分わかる。だから、今回出店する際のエリアを、最奥の〝日陰城壁前〟のみとする。これで皆も文句はあるまい」

「まあ、そこが妥当だと思います」

 クローデンスは頷く。他のメンバーたちも、その言葉を聞いて渋々頷くと、委員長は全員の顔を見たのち、書類に承認の判を押した。

  

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