5-4

 その言葉に、全員が驚いた顔をして、倫を見た。

「リン、あんたいいのかい?」

「うん、全然いいよ。てか、最初からそのつもりだったし」

 緊張感などまるでなく、あっけらかんと言う倫に、皆は驚きを通り越して、困惑の表情を浮かべた。

「リン、あなた相当肝が据わっているのね……」

 ハンナが感心したように言う。

「いや、あたしは皆よりも、穢れの日に対する抵抗がそんなにないからさ。そこまで負担じゃないし、必要ならやるよ。周期的にももうすぐだから、丁度いいしさ」

 そういうと、他の女性陣は自分が名乗りを上げられないことを申し訳なさそうしていたが、結局、他に名乗り出る人はいなかった。

 アリアは全員の反応を見ると、倫の方を向き直って、完成した布ナプキンを差し出す。

「リン、名乗り出てくれてありがとうね。じゃあ、お願いするよ」

「うん、任せて」

 そして、倫が差し出された布ナプキンを受け取ろうとした時。

「ちょ、ちょっと待って!」

 と、アーニャが突然声を上げた。皆が一斉にアーニャを見ると、緊張と恥ずかしさで顔を赤くしながら、震える声色で言った。

「その実験、私も参加したいの……!」

 思わぬ発言に、リビング中がざわついた。

「アーニャ……それは本気なのかい?」

 アリアが問い掛けると、アーニャは俯きかけるが、それをぐっと堪えると、真っすぐ見据えながら言った。

「だって、一人よりも、二人いた方がより情報を得られるじゃない。そうでしょう?」

「それは、そうだけど……」

「アーニャ、その気持ちは嬉しいけど、無理しないでいいんだよ。これは、あたしだけでも十分なんだから」

 倫が心配そうな顔をして言うと、アーニャは口元に笑みを浮かべた。

「そんな顔しないで。大丈夫よ、無理はしていないわ。もう、覚悟は決めているから」

 覚悟を決めた、という言葉の通りに、アーニャの表情には、迷いが見えないわけではないが、それでも固い意志を感じられた。

 まだ心配そうにしていたが、やがて倫はアーニャが本気なのだと悟ると、これ以上は言わなかった。

「……分かった。じゃあ、二人でやろう」

 二人は、お互いの覚悟を確かめ合うように、顔を見合わせると、頷き合った。

 皆で作った布ナプキン八枚を半分に分け、穢れの日の始めから終わりまで、それを使うことになった。

 周期の差を確認すると、倫とアーニャはそこまで変わらないようで、ほぼ同時期に実験できそうなのが幸いだった。

 穢れの日が来るまでの間、二人はいつものように小鹿亭でウェイトレスとして働いて、カレンダーを見ながら、そろそろ始まるという時、倫は布ナプキンを装着して、夜、眠りについた。


 朝、目が覚めた時。

「……おお」

 と、倫は呟いた。


 それから十日ほどが経ったある日。倫の号令によって集会が開かれて、いつもの如く、アリアの家に九人が集まった。

 実験を行った倫とアーニャ以外は、期待や不安が入り混じったような、奇妙な高揚感を込めて、二人を見つめていた。

 倫はアーニャと並んで、目立つようにテーブルの上座の方に立つと、話し始めた。

「皆、実験は無事終了したよ。まず、あたしが使ってみての感想を言うね」

 その言葉と共に、部屋の緊張感が一気に増した。皆が固唾を呑んで見守っていると、倫は手帳を取って、書かれたことを淡々と読み始めた。

「結論から言うと、使い心地は普通に良かったよ。肌に触れても痒みや違和感は特に無かったし、横から漏れたりもしなかった。量の多い二日目だと、さすがに寝る時に漏れちゃわないか不安だったから、その時はベッドにタオルを敷いて寝たけど、そこまで不便さは感じられなかったかな」

 率直な感想に、リアンの表情がぱっと明るくなった。

「……そうか!」

「うん。あとは洗う時だけど、汚れが落ちづらくてけっこうゴシゴシ洗ったけど、布はそこまで痛まなかったから、そこもちゃんとクリア出来てたと思う。まあ、難点といえば布に厚みがある分、自然乾燥だと、乾きづらい所くらいかな?」

 言葉を締めると、倫は手帳を閉じた。正直な所をいうと、元の世界で使っていた使い捨てのナプキンの性能を知っている為、感動らしい感動があるわけでは無かった。どちらかといえば、求めていたものが手に入ったという満足感が勝っていた。

 皆、自分の努力が報われたのだとわかり、胸を撫でおろすと、続いて、アーニャを見る。

「アーニャは、使ってみてどうだった?」

 倫が問い掛けると、アーニャはびくりと肩を揺らして、胸の前で自身の手をぎゅっと握り締める。

 注目が集まる中、緊張と恥ずかしさで、アーニャの顔がどんどん上気していく。倫はそれを心配そうに見守っていたが、やがて、意を決して口を開いた。

「あ、の……私は……」

 ようやく絞りだした声は震えていた。静かに見守っているせいか、耳が痛くなるほどの静寂がリビングに広がる。

 そして、アーニャはぐっと息を呑むと、弾けるような大きな声で言った。

「あのね……私が想像していたよりも、ずぅっと良かったの!」

 リビング中に響き渡る賞賛の声に、皆は目を丸くした。

「だって、今までだと、働いている時も眠っている時も、漏れているんじゃないか、服が汚れているんじゃないかってずっと気になって、気が散って仕方なかったけど、これを着けている時は、殆ど何も気にしないで過ごせたの。それだけで、どれだけ楽だったか!」

 話し始めたら止まらなくなったのか、アーニャはどんどん早口になっていき、瞳が高揚で輝いていた。すると、その興奮が伝染するかのように、皆の表情がみるみる変わっていった。

「今まで使っていたぼろ雑巾みたいな布に比べたらずっと清潔だし、ボタンで下着に留められるからずれの心配も無いし……もう、何もかもが、とにかく快適で、素晴らしかったわ! 今まで過ごしてきた穢れの日の中で、こんなに煩わしさを感じなかったのは初めてよ、本当に凄いわ!」

 息を切らしながらも、そう言い切ると、アーニャは興奮を落ち着けるように、肩で息をする。熱のある感想を聞いて、アリアは一言漏らした。

「じゃあ……それって」

「大成功……ってこと、か?」

 リアンが続けて言うと、さざ波のように皆が歓喜の声を漏らし、やがて、一つの大きな歓声となった。

「やったぁ~大成功だよ! 皆ありがとう~!」

 倫はアーニャの手を掴んで、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。アーニャは心から嬉しそうに笑って、倫の手を握り返した。

「リン、やったわ!」

「うん! マジで、皆が居なかったら、あたし、絶対途中で心折れてたからさ、全部皆のお陰だよ!」

 子供のような喜びように、アリアは鼻で笑った。

「何言ってんだい、そもそも、あんたがこのアイデアを出さなかったら、これは生まれてこなかったんだから、これはリンのお陰でもあるんだよ」

 それに、リアンが頷いた。

「そうだな。リンがこのアイデアを生み出して、価値観で雁字搦めになっていた俺たちを根気強く説得して、ここまで導いてくれたから完成したんだ。君もちゃんと誇ってくれないと、俺たちが困るよ」

 同調するように皆が頷いて、笑顔で倫を見る。

「いやいや、あたしはそんな……大した事してないよ!」

 倫が照れくさそうに笑っていると、玄関の方から、チャイムの音が鳴った。

「あら、来客かね。全く、せっかく喜びに浸ってたのに、水を差すんじゃないよ」

 そういって、アリアがリビングを出ていく。その間、皆が笑顔で喜びを分かち合っていると、一分も経たない内にアリアが戻ってきた。

「あ、おかえり……って、え?」

 いち早く気づいた倫が、アリアにそう言いかけるが、その隣に居た人物に目を丸くして、驚きの声を上げた。それを不思議に思ったアーニャが、アリアの方を向くと、倫よりも驚いた顔をして、大きく目を見開いた。

「父さん、なんでここに……⁉」

 アリアの隣に居たボルドーは、驚きの表情を浮かべるアーニャを捉えると、微笑みを浮かべた。

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