3-2
腹ごしらえした二人は再び商店街へ戻り、他の魔法道具屋を全て回ってみたが、やはりウィリスの店と同じく、魔法付与布は軒並み売り切れていて、結局無駄足に終わってしまった。
気づけば街並みは夕焼けの柔いオレンジに包まれており、二人は何の収穫を得ることも出来ないまま、とぼとぼとアリアの家に帰った。
扉を叩くとすぐアリアが出迎えてくれたが、二人が何も持たずに来た事に、目を丸くした。
「あらおかえり、どうだった……って、まさか手ぶらかい?」
「えっとねぇ、これには深い訳が……」
そういって、リビングに招かれたあと、ウィリスに少し悪いなと思いながらも、事の顛末を包み隠さず伝えると、アリアの形相がどんどん怖くなっていった。
「あいつ、また適当なこと言って凌ごうとしたんだね? 全く、今度ちゃんと言ってやらないと。大体あいつはね、自分可愛さにああいうことをするからまた置かれる立場ってもんが……」
そこから堰を切ったように、アリアのウィリスに対する愚痴が止まらず、苦笑いを浮かべたアーニャがすっと口を挟んだ。
「まあまあ愚痴はそれくらいにして、ね。布が手に入らない以上、これからどうするか考えましょう?」
「む……そうだね。ごめんよつい、普段からあいつに対する不満が、ちょっとね」
仕事が出来ないわけじゃないんだよ、と取ってつけたような言い方をしたが、倫は内心もう手遅れなんじゃないかと思いつつも、彼の名誉をこれ以上傷つけることもあるまいと口を閉じた。
アリアは一つ咳払いをすると、気を取り直したように言った。
「魔法付与布が無いんじゃ仕方ないから、まずは普通の布で、形だけの試作品を作ってみるよ。完成したら三人で改善点を色々話してみよう」
「うん、お願いします!」
「ありがとう、お願いね」
二人が口々にアリアへの感謝を述べると、彼女は薄く笑みを浮かべて、目を伏せた。
「……あのね、あんたたちが出掛けた後さ、エリーに穢れの日について、話してみたんだよ」
アーニャがとても驚いた顔をして、アリアを心配そうに真っすぐ見つめた。
倫も驚いたが、アリアの声色はとても晴れやかで、心配は必要ないと直感で思い、黙って彼女の話を待った。
「そのことを話す時、正直、とても罰当たりなことをしているんじゃないかって、不安になったんだ。けどね、あんたたちの真剣な顔を思い出したら、不思議となんにも怖くなくなったんだよ」
伏せていた眼差しを、二人に向ける。
その表情には、迷いや憂いを全て断ち切った、確固たる意志を感じられて、倫は、その表情を見た時、じわりと胸が熱くなるのを感じた。
穢れの日に対する嫌悪と差別が渦巻いている世界でずっと生きてきて、話すことすら拒絶していたアリアが、ここまで考えを変えてくれたことが、何よりも嬉しかった。
「あの子はまだ初潮が来ていないけれど、存在自体は何となく知っていたみたいでさ。でも詳しくは分からなかったみたいで、説明してやったら、病気じゃないんだ、って凄くほっとしててさ……」
「……そっか、良かったぁ」
「あの子のその表情に、とても救われたよ。もしかしたら、エリーたちは穢れの日のことを汚くて恥ずかしいものだと思わずに、これから先生きていけるのかもしれないって考えたら、ちゃんと話してよかったって、心から思えたんだ」
その言葉に、アーニャは表情を柔らかくすると、優しく呟いた。
「そうね‥‥…それってとても素晴らしいことだと思うわ」
「だからさ、リンとアーニャには本当に感謝しているよ。わたしに気づきを与えてくれて、ありがとう。この恩は、きっちり代えさせてもらうよ」
「いやいや、そんな。あたしたちはただ、アリアさんの力を借りたかっただけですから」
「はは、謙遜しない。ああ、それと、リン。わたしにさん付けも敬語もやめてくれよ、これから色々協力していく仲だろ?」
アリアがウインクすると、倫は露骨に嬉しそうな顔をした。
「えっ! いいの~? あたし、ぶっちゃけ敬語苦手だからすっごい助かる! これからよろしくね、アリア!」
言った途端、急速にくだけた口調になる倫に、アリアはけらけらと笑った。
「うん、あんたはそれくらい元気なのが丁度いいよ」
アリアはそう言って、倫に手を差し伸べて握手を求める。
倫は満面の笑みを返して、差し伸べられた手を、優しく握りしめた。
アリアの家を出ると、夕焼けのオレンジが暗くなっていき、空に薄い青が混じり始めていた。
二人は小鹿亭へ戻る最中、今まで感じていた無力感はどこかへ飛んでいき、代わりに、確固たる自信が全身に漲っていた。
「ねぇ、まだまだこれからだけどさ、すでに試作品が楽しみになってきた!」
「ふふっ、もう。リンは気が早いわね」
「だってさ、あんなに穢れの日の話を嫌がってたアリアが、あんな風に変わってくれたんだよ?
嬉しくない訳ないって」
「そうね。けど、それはアリアだけじゃないわ。私自身も、意識が変わったと思う。今まで穢れの日をひどく恥じていたけれど、今はそれが少しだけ和らいでいるの。まだ誰彼構わず話せるわけじゃないけど、リンやアリアにだったら、気兼ねなく話せるようになった気がするわ」
「本当っ?」
倫はまた嬉しそうに笑う。
そして、何か考える素振りを見せると、倫はアーニャにぐいっと近づいて、耳打ちした。
「……実は、今日二日目でさ。正直けっこう怠かったんだよね~」
突然の告白に、アーニャは目を丸くする。
倫はいたずらっぽく笑って、アーニャの反応を伺うと、彼女は吹き出して、肩を揺らしながら笑った。
「……ふふふ、それ、すっごくわかる!」
「あはは、でしょ?」
二人は肩を寄せ合って、小鹿亭へと足を進めていく。
その道中、彼女たちの笑い声が途絶えることはなかった。
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