内職魔術師

3-1

 ランチタイムには少し遅い時間。

 賑わいが少し落ち着いた飲み屋街のテラスで、アーニャは怒った顔をしながら、ミートボールにフォークを勢いよく突き刺した。

「なによあの人、あんな言い方しなくてもいいじゃない! ねぇ、リン?」

(ミートボールパスタをもりもり食べながら、そんなに怒るなんて、器用だなぁ)

 向かいに座る倫は、冷静にそう思いながら、目の前の特大ハンバーガーをどう食べ進めるべきかを頭の端で考えていた。

「あの人も忙しくて余裕が無かったんじゃないかな? かなりの修羅場みたいだったし」

「だからってあんな態度、接客としては最低よ」

 小鹿亭の看板娘として、接客している身としては許せない部分があるらしく、口の中のパスタを嚥下すると、オレンジジュースをむんずと掴んで一気飲みした。

「正直あたしは、馴染みでも無い相手を、さも知り合いみたいに紹介するウィリスの方がヤバいと思ったけどねぇ」

 苦笑いを浮かべながら、倫はハンバーガーにかぶりつく。

 アーニャがおすすめしてくれたメニューなだけあって、パティは肉々しく、バンズもふわふわで、ソースの味付けが絶妙だ。

 口いっぱいに頬張りながら、思わず唸りたくなる美味しさだった。

「あの人、アリアにはこのこと言うなって言っていたけれど、さすがに報告しなきゃ駄目よ。……それでどんな目に遭うかは分からないけど」

「んふふ。っ、とりあえず、ご飯食べたら、望み薄だけど、駄目元で他の魔法道具屋に行ってみようよ」

 アーニャは頷くと、ぼんやりと外を眺めながらぼやいた。

「それにしても、もうすぐ冬なのね。これからうちも忙しくなりそう」

「へー、冬になると酒場も忙しくなるんだ?」

「そうね。さっきウィリスが話していたけど、冬になると、周辺の魔物が凶暴化して、近隣の町や村を襲うことがあるのよ。それを未然に防ぐだめに、王宮や商会が魔物討伐依頼を斡旋所に出すから、それを目当てに沢山の農家が出稼ぎで王都にやってくるんだけど、その時に憩いの場として、酒場を利用してくれるから、冬になるとどこも忙しくなるわね」

「ま、まもの」

 ここの世界に来てすぐの頃もその言葉を聞いたが、倫はどうにも魔物という存在がうまく呑み込めず、どうにも突っかかってしまう。

 倫は少し悩んだ顔をして、暫くハンバーガーを食べ続けていたが、程なくしてハンバーガーを更に置くと、おずおずと問いかけた。

「あのさ、またすっごい初歩的な話なんだけどさ……この世界って、魔物とか、魔法とかそういうのがあるじゃん。それってどうしてなの?」

「えぇ?」

 初歩的過ぎる質問に、アーニャは素っ頓狂な声を上げた。

 倫はだよね、とへらりと笑みを浮かべる。

「ああ、まあ……そりゃあ知らないわよね、リンは。私にとってはあまりに当たり前過ぎて、そこから話さないといけないのを失念していたわ」

「いやいや、あたしもずっと知りたかったんだけどさぁ、こんな事聞いたら怪しまれると思って、中々聞くに聞けなくて。ざっくりでいいから、教えてほしいな」

「いいけれど、人に教えるほど知っているわけじゃないわよ?」

 アーニャはそう前置いて、この世界のことについて語り始めた。


この世界の地中奥深くには、星の膨大なエネルギーが流れるように張り巡らされていて、人々はそれを地脈と呼んだ。

 何千年も前の人類は地脈の存在を知り、その利用方法を長年の研究により編み出した末に生まれた術が、のちの魔法だ。

 地脈の力は森羅万象を操ることすら造作もなく、地脈への理解が深まるごとに、人類の文明を大きく進歩させていき、凄まじい恩恵をもたらしていた。

 地脈を信仰する宗教が出来るほどまでに人々に浸透していったが、のちに、それは必ずしもいいものばかりではなかった。

 研究が進んでいくにつれて、地脈にはものを変質化させる作用があることが分かったのだ。

 ただの野犬が人を食い殺すまでに凶暴化したり、屍に仮初の命を吹き込んで彷徨わせたり、地形を変化させて、きらびやかで異様な建造物や、複雑な迷路のような洞窟を生み出すなど、人間からしてみれば、害を感じるような変化ももたらしていたのだ。

 地脈による変質化によって生まれた場所は、いつしかダンジョンと呼ばれるようになり、そこは変質化して凶暴になった魔物の住処となった。

 ダンジョンを放置すれば魔物がどんどん増えていき、しまいには人里を襲うようになった。

 各地で被害が出始めた頃、力自慢や魔法の腕に自信がある者たちが団結し、各々討伐隊が組まれるようになり、いつからか人々は、その者たちを冒険者と呼ぶようになった。

 そこから更に冒険者ギルドという組合が設立されて、魔物狩りギルド、採取ギルド、探索ギルドなど、その種類は今や把握するのが難しいほど多岐に渡っている。

 ギルドが運営する斡旋所には、王宮や商会、研究所などが様々な所が依頼を出しており、金や夢、探求心を求めて、王都はここまで賑わうようになった。


「ほへ~……なんか凄いね」

 うすぼんやりとした返事をする倫は、すっかり氷が溶けて薄くなったレモネードソーダを一口飲んだ。

一気に聞かされて頭がこんがらがったが、とにかく、地脈というのは、善悪無くただの力で、例えば火は灯りや料理にも便利なものだが、同時に人を傷つけることもある。

 使い方次第で、如何様にも出来るものなのだと、倫は捉えた。

「王都の周辺は、特に地脈のエネルギーが濃いらしくて、昔はこの土地を求めて戦争が起きていたらしいわ。それくらい、私たちにとっては地脈の力が大事なのよ」

「戦争まで?」

「といっても、五百年も前の話だけれどね。──ああ、戦争といえば、伝説では、領土を巡る戦争の英雄で、初代国王でもあるイザネも、元々はただの冒険者だったのよ。言ってしまえば、冒険者ってそれくらい夢がある職業で、物語を読んで冒険者に憧れる人も多いのよ」

「夢かぁ。確かに、国王になれちゃうくらいだもんね、みんな一度は考えるか」

「そうね。後は何かある?」

「あっ、後はね、けっこう気になってたんだけど、魔術師ってどんな風にすればなれるものなの? あたしでもなれるかなっ?」

 きらきらと輝く純粋な眼差しを向ける倫に、アーニャは苦笑いを浮かべた。

「残念だけど、魔術師はある程度の素質が無いと同じ土俵にも立てないわね。それに、魔術師と名乗るには魔術学院に七年間通って、国家試験に合格しないといけないから、けっこう凄い職業なのよ」

「そっかぁ、残念……じゃあ冒険に出てる魔術師は、みんなその試験を受けてるってこと?」

「大体はそうだと思うけど、みんなじゃないわね。数は相当少ないけど、学校に通わず独学で覚えて、冒険に出ている人もいるはずよ。ただ、試験を受けていないと正式に魔術師とは名乗れないってだけね。ちなみに、学校を出ずに魔法を使う人は、魔術師じゃなくて魔法使いって呼ばれたりするわ」

「へー! 独学で魔法かぁ、なんか格好いいなぁ……」

「リンは魔法が好きなのね。でも、魔術師もけっこう大変なのよ?」

「え、なんで?」

「魔術師の進路って大体三通りで、一はギルドに所属して冒険者のパーティーに入る事。二に、研究所に入って魔術の研究員になる事。最後に三は、工房や店に勤めて、装飾品や日用品に使う素材に魔法を付与する仕事。この中で圧倒的に多いのは三なんだけど、こういう人たちって冒険者にもなれず、研究者として究めることも出来ない、ただの〝内職魔術師〟だって馬鹿にされてるのよ。特に、冒険者にね」

 その言葉に、倫はむっとした。

「何それ、なんかひどくない? 冒険者はそういう所で働いている魔術師に、一番お世話になってるはずでしょ?」

「そうね、私もそう思う。でも、冒険者って、この世界ではそれだけ花形の職業なのよ。特に強い冒険者パーティーに所属している人は、国王と親交を持つことも出来るくらいだから……でも、内職魔術師としてその道を究めて、お店を出して成功している人もいるわよ?」

 アーニャは言葉を濁しながらフォローしているが、やはりこの世界では内職魔術師のことは下に見てもいい、という風潮がどこかあるのだろう。

(じゃあ、さっきの魔術師の人も、そうやって馬鹿にされていたりするのかな。なんか、世知辛いんだな……)

 倫は、先ほどの工房の魔術師のことをぼんやり思い出しながら、付け合わせのポテトを口に放り込んだ。

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