2-7

 ウィリスの何でも屋を出ると、先ほどの薄暗い店内と比べて、太陽の光が閃光の様に眩しく、倫とアーニャは思わず目を瞑った。

「いやー、わざわざ来てもらったのに、悪かったね」

 店先まで見送ってくれたウィリスがいまだに申し訳なさそうに言うので、倫は苦笑いを浮かべて首を横に振った。

「いやまあ、確かにがっかりはしたけど、工房の場所を教えてもらったからいいですよ」

「頼むよ、本当に……」

「あーはいはい、アリアさんには言わないですって」

 聞くのもうんざりで、倫は食い気味で言うと、ウィリスはあからさまにほっとした顔をした。

 本当に何があったんだと聞きたくなったが、触らぬ神に祟りなしという言葉をふと思い出して、倫はやはり触れないことにした。

「じゃあ、ありがとうございました」

「ああ、気を付けてね。……そうだ、ちょっと聞いてもいいかい?」

「はい?」

「これはただの興味なんだけど、君たちが求めていた三種類の魔法付与布で作れるものの見当がつかなくてさ。どういうものを作ろうとしていたんだい?」

 純粋な眼差しを向けられて、二人は固まった。

 特にアーニャの表情が一瞬にして強張り、激しい動揺が向けられる目から透けて見える。

 そんな彼女を横目に、倫は一瞬だけ考えると、にっと笑みを浮かべて一言だけ言った。

「内緒!」


 何でも屋を後にした倫とアーニャは、店先にいつまでも居るウィリスの心配そうな視線を背中に感じながら、渡されたメモを頼りに、再び混雑する商店街を歩き始めた。

 暫くの間沈黙が下りていたが、アーニャは隣を歩く倫の横顔をちらりと見ると、重そうに口を開いた。

「……さっき、もしかしたら本当のことを言ってしまうのかと思って、怖かったわ」

「あ、やっぱり? そんな気はした」

 倫は口元に笑みを浮かべる。

「まあ、ウィリスさんも悪い人じゃなさそうだけど、どんな反応が返ってくるかはわかんなかったから。言う必要ないかなって」

 アーニャも嫌そうだったし、と付け加えると、倫は空を見上げて一つ伸びをする。

「……でも、それってアリアも同じよね。なんでアリアには話そうって思えたの?」

「そうだなぁ、一つは、アリアさんは女性で当事者だったから、話は聞いてくれるかなと思ったのと、あとは、アーニャが紹介してくれたからかな?」

「私が?」

 不思議そうに眉を上げるアーニャに、倫は微笑んだ。

「だって、話すことすら嫌がっていたアーニャが、紹介したいって言うほど信頼している人でしょ? そりゃあ、私だって信頼するよ」

 さも当たり前のように言って、倫はアーニャの顔を覗き込む。

 アーニャは面食らった様子で暫く何も言わなかったが、そっぽを向いて照れ隠しの咳払いをすると、少し不機嫌そうに言った。

「リンって、ちょっとずるいわ」

「え、何が?」

「知らないっ。ほら、ウィリスさんの知り合いの工房は、ここを曲がった先みたいよ」

 背中を押されて商店街の裏路地に入ると、先ほどの喧騒はどんどん遠のいていき、一本の小道に突き当たった。

 ここの通りは工房が多いのか、白壁の似たような建物が建ち並び、煙突から白い煙がゆらゆらと立ち上っていた。

「えーと、ドズリの魔法工房……あ、あったわ」

 裏路地から左に曲がって少し進んだ先に、ウィリスから紹介された“ドズリの魔法工房”と看板が下げられた工房を見つけて、倫は思わず溜息を吐いた。

「はーやっとか……なんか、そう簡単に上手くいかないって覚悟はしていたとはいえ、こんな方向では予想してなかったんだけど」

「大分回り道になっちゃったわね」

「今度こそ、手に入りますよーに」

 半ば念じるように呟きながら、倫は工房の扉をノックする。

 すると、来客を待ち構えていたように、一瞬にして扉が勢いよく開いて、驚いた二人は小さく悲鳴を上げた。

「わぁっ!」

「ひゃあ!」

「新規の依頼は受けないぞ」

 扉が開いた瞬間、低い男の声がした。

 その男は、長髪のオレンジブラウンを項で結び、濃い灰色のローブを身に纏っていた。恰好からして魔術師のようだ。

 その男は若そうだったが、顔色が非常に悪く、目は血走って、かなり不機嫌そうにしていて、いくらか老けて見えた。

 倫は気圧されかけたが、負けてはいけないと気持ちを奮い立たすと、にへらと笑みを浮かべた。

「あ、あの~……あたしたち、ウィリスさんから、ここで魔法付与布を売ってくれるって紹介を受けて来たんですけど」

 すると、男は訝しげな顔をした。ウィリスの名前に、あまりぴんと来ていない様子だ。

「ウィリス……? 誰だ?」

「えっ、あの、何でも屋のウィリスさんなんだけど……」

「……ああ、あの。そいつが紹介してきたのか?」

「そうそう!」

 努めて明るく話していたが、倫は内心『そんなに面識ないのかよ!』と大声を出したかった。

 名前すら憶えられていない関係の工房を、よく紹介できるなと呆れて言葉にならず、こんな適当ではアリアとひと悶着あるわけだと、一人納得していると、男は何かを伺うように後ろを一瞥して、潜めた声で言った。

「悪いが、そもそも今は取引先に納品する分が大詰めで、死ぬほど忙しいんだ。たった今、君たちの相手をしている時間が惜しい位にな。……くそっ、またドズリに雷を落とされる。なあ、もう帰ってくれ。君たちが求めるものは、ここにはない」

 そう男が言い切ると、次の瞬間、工房の奥からどすどすと足音が聞こえてきて、木を割いたように響く声が、耳をつんざいた。

「お前、いつまでそんな所にいる! 給料減らされたくなかったら早く戻って仕事しやがれ!」

「はい、すみません! ……ほら、もう行ってくれ」

 男は振り返って大声で返事をすると、ばつが悪そうに二人に目をやって、工房の扉は大きな音を立てて閉められた。

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