2-6

 まばゆい陽光が差し込む晴天の昼時、アリアの家の通りから少し進むと突き当たる大通りのモディエナ商店街は、店主たちの元気のよい呼び込みの声と、屋台の美味しそうな食べ物の匂い、それに、すれ違うのも大変なほどの人々で溢れていた。

「相変わらず人凄―い! てか、あたし買い出し以外で商店街来たの、何気に久々かも!」

 倫は辺りをきょろきょろと見渡して、まるでおのぼりのようだ。アーニャはそれを微笑ましそうに見つめながら、諭すように言った。

「商店街の人出はいつもこれくらいよ。モディエナ商店街で人とはぐれたらもう二度と出会えないって言われるくらいだから、はぐれないようにね」

「え、やばいじゃんそれ。あたし、昔から迷子になりやすいんだけど」

「まあ、アリアからもらった地図によると、これから向かう所はそう遠くないはずよ」

「じゃあ大丈夫か。えーと、今から行く所って……〝ウィリスの何でも屋〟だっけ?」

「ええ、そうね」

 アーニャは手に持つ紙切れを覗き込む。そこには店名と店の特徴、簡易的な地図が書かれていて、目印によると、程なく着くはずだ。

「……あのさぁ、すっごい初歩的な事聞いてもいい?」

 倫はおずおずと言った。

「何?」

「魔法道具屋って、あたし行ったこと無くてさ。どんなものが売ってるの?」

「──えっ。あ、そうね。倫は分からないわよね」

 アーニャは一瞬驚いたが、すぐに我に返ると、簡単に説明してくれた。

「まず、魔法道具屋っていうのは、魔法を付与されたものを売る店って意味で、意味が広いのよね。魔法道具屋と一口に言っても、冒険者用の防具を売るお店、武器を売るお店といった感じで、細分化されていくわ」

「そういうお店って、冒険者以外でも行くことあるの?」

「勿論よ。魔法道具屋は冒険用のお店ばかりじゃなくて、日用品が売っている所も沢山あるし、私たちみたいな庶民でも良く行く場所よ」

「え、ますます気になるなぁ。……あれ、でも、今から行く所って何でも屋なんだよね?」

 問いかけると、アーニャは曖昧な表情をして、呟くように言った。

「まあ……中々見ないわね。ちょっと変わった人なのかも」

「……なんか急に不安になってきた」

「だ、大丈夫よ。アリアが紹介してくれたんだから、そんな変な人ではないはずよ。……あっ、あの店よ」

 アーニャが指さす方向に顔を向ける。青い屋根に古ぼけた木造の小さな店で、ドアの真上に付けられた黒い看板に書かれた文字を、アーニャが読み上げた。

「〝ウィリスの何でも屋〟……ここね」

 意を決して店の扉を開けると、店内の薄暗さに、一瞬目が眩んだ。

横幅が狭い代わりに、突き当りが見えないほど奥行きがある店内には、まさに〝なんでも〟置かれていた。

精緻な細工がされた装飾品や、色とりどりの外套、古めかしい鎧や剣、壁一面の本棚に詰められた本や、何に使うのか分からない真っ黒な大釜など、あらゆるジャンルのものが、統一感なく並べられていた。

「わー、まさに、ファンタジーって感じ……」

 一瞬にして魔法の世界に迷い込んだようで、倫はあちこちをきょろきょろしていると、奥から忙しない足音が聞こえてくる。

二人が目を向けると、ひょろりとした体躯の男が、くるくるとカールした金髪を揺らしながら、二人の方へ駆けよってきた。

「おやおやお嬢さん方、いらっしゃい。何をお探しかな? この店主のウィリスに何でも申し付けてくださいな」

 そう言ったウィリスは青い垂れ目を細める。優しそうな表情をしているが、それと同時にどこか頼りなそうな印象を受ける男だった。

アーニャは紙切れを見せながら、ウィリスに言った。

「あの、私たち、魔法付与布が欲しくて、アリアからここを紹介されて来たんです」

「えっ、アリア、って、あのアリアさん?」

 ウィリスは目を丸くした。

「はい、探索ギルドのイースさんの奥さんの、アリアです」

「へー! おっといけない、アリアさんからの紹介なら、ちゃんと案内してやらなきゃ。魔法付与布はちょっと奥にあるんだ、ついてきて」

 踵を返したウィリスは、後ろ手で手招きながら店の奥へ進んでいく。その時に一応欲しい布の種類を告げたが、ウィリスは「うちはなんでもあるから心配いらないよ」と得意げに言った。

(……なんか、この店に入ってから思ったけど、外から見た時、こんなに奥行きがあるように見えたっけ?)

 胸中で呟いて、倫はウィリスの背中越しに奥を覗き込むと、見えるだけでも百メートルは続いていそうで、これも魔法の力なのだろうかと、不思議な気持ちになった。

「おっと、ここだここ……って、あれ?」

 突然足を止めたウィリスは、素っ頓狂な声を出した。

確かに、ウィリスが足を止めた所に置かれた古ぼけた木の棚には、布のロールが置かれていた。

だが、大きな棚には布のロールがわずか二、三本しか置かれておらず、品揃えが良いとはお世辞にも言えない状態だった。

「え、全然無くない……?」

 思わず倫が呟くと、ウィリスはあっ、と声をあげた。

「あぁーっ、そうだった!」

 急に大声を上げるウィリスに、二人は肩をびくりと震わせる。ウィリスは申し訳なさそうな顔で振り返って、うろうろと視線を彷徨わせながら言った。

「ごめんよ、この前個人の装備職人が、魔法付与布を根こそぎ買って行ってしまったんだった。いや、すっかり忘れてたよ……」

「えぇっ、なんで⁉」

 そんな事あるのかと思わず声を荒げると、ウィリスはカールした髪をわしゃわしゃと掻きむしりながら、困った顔をする。

「いやねぇ、あと少しで冬が来るだろ? そうなると農閑期で暇になる農家たちが、出稼ぎでちょっとした魔物退治をこぞってやり始めるから、そういう連中向けに武器や防具が良く売れるようになるのさ。それを見越して今の内から個人で行商をやってる装備職人たちが、準備を始めるもんで、素材なんかが在庫ごと買い占められちゃうんだよ」

「じゃあ、魔法付与布は、今ここにあるもので全部って事?」

「そうなるねぇ」

「えー⁉」

 倫があからさまにがっかりした声を出すと、ウィリスの背が申し訳なさそうにどんどん丸まっていく。

「うーん、今置いてある布の付与効果も、耐火と防雷、体温低下防止だから、私たちが欲しいものでは無いわね……」

「あのー、こんなこと聞くの申し訳ないんですけど、他にこういう布を売っているお店って知ってます?」

 ずばり聞いてみると、ウィリスは気まずそうにしながらも答える。

「いや、知ってるけど……多分うちじゃなくても、どこも売り切れか入荷待ちだと思うよ?」

「マジか。アーニャ、どうする?」

「そうね……一回アリアの所に戻ってみましょうか」

 すると、ウィリスの顔色が途端に変わった。

「ちょ、ちょっと待って。アリアさんに言うのは無し──あっ、そうだ! うちに魔法付与布を卸してもらってる工房に、俺の知り合いがいるからさ。俺の名前出していいから、そこに掛け合ってみてよ! もしかしたら在庫を出してくれるかもしれないから!」

 そうだそうだと自分に言い聞かせるように言って、ウィリスはポケットから手帳を取り出すとそこに殴り書いて、破ったページを倫に押し付けた。

「なっ、だから、アリアさんにだけは言わないで。頼むから!」

 笑みを浮かべているが、目は笑っておらず、ウィリスのあまりの必死さに、過去何があったのだろうと勘繰らざるを得なかった。

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