2-5

「じゃあ、まずは構想をまとめる所からだね!」

 アリアは立ち上がって、ぱちんと手と叩くと、きびきびとした足取りで棚に向かって大きな紙と羽ペンを持ってくると、テーブルに広げた。

「ところで、二人の中でそいつをどういう風に作るのかは、決まっているのかい?」

「えーと、形は大体決まっていて、どういう素材を使うかも、あらかた決まっています!」

「あら、そうなのかい」

 感心したようにアリアは言った。

倫は身を乗り出して、アリアから羽ペンを借りると、慣れない手つきで、自分の世界から持ってきた生理用品の形を書いて見せた。

「こういう形だと、ショーツにもくっつけやすくていいかなって」

「おお、なるほど考えたね。確かにこれはいいかもしれない。じゃあ、この両端の出っ張りの所に留め具を付けるんだね?」

「そうそう! でも、思いついているのはそこぐらいで。留め具って何がいいですかね?」

「そうだねぇ、まあ無難にボタンでもいいんじゃないかい? 取り外ししやすいしさ。あとは、使う布はどんなものを使うんだい?」

「それが、ちょっと難しいんですけど、違う種類の生地を何層にも重ねて作りたいんですよね。肌に優しい素材と、吸収性のある素材と、撥水性のある素材で、その上で何回洗っても大丈夫な、ある程度の耐久性も欲しいんです」

言いながら、生理用品の図から矢印を伸ばして、層をイメージした横線を三本引く。アリアは眉を上げて、何度も頷いた。

「ほお、なるほど。違う種類の布を重ねて作るとは、あんた、中々いいアイデア出すじゃないか」

「い、いやぁ……へへ」

 まさかここと違う世界から持ってきた技術だとは口が裂けても言えず、倫は自分の手柄になってしまったことに、若干の罪悪感を覚えながらも、愛想笑いで誤魔化していると、アーニャが問い掛けた。

「でも、こんな別々の素材、簡単に手に入るものかしら」

 すると、アリアは不思議そうな顔をした。

「何言ってんのさ。ここはイザネリアの叡智が集まる王都ミンデルンだよ? そんな布くらい、近所の魔法道具屋でいくらでも売っているじゃないか」

「え……?」

「あ、確かにそれもそうね」

アーニャは簡単に返事をしたが、倫はまほうどうぐや、という言葉の、余りの馴染みの無さに理解が及ばず、脳が一瞬固まるが、すぐに我に返って、つい言ってしまった。

「あっ、そっか。ここ魔法が使えるんだった……!」

「はぁ? 何言ってんだいあんた」

 倫には衝撃的な事だったが、アリアからすれば、空って青いんだといきなり気づくようなもので、奇妙なものを見るような眼差しを向ける。

「あ」

拙いことを言ったとすぐ自覚して、胸がすっと冷たくなる。すると、すぐさまアーニャが倫を庇うように立ち上がって、大焦りしながら言った。

「こ、この子ね! かなりの田舎から出てきたみたいで、最近王都に越してくるまで、魔法に全然触れてこなかったみたいなのよ! だから不思議に思っちゃうのよねっ! ……ねっ⁉」

 念を押されながら肘で小突かれて、倫は必死でこくこくと頷くと、アリアはあら、と少し申し訳なさそうな顔をした。

「あ、そうなのかい。すまないね、わたしはずっと王都暮らしで魔法があるのが当たり前だったから、つい……。悪かったよ」

「いやいやいや、全然大丈夫です!」

 ばつが悪そうに謝罪されて、倫は却って申し訳なくなってしまう。

生活に溶け込みすぎているあまり、現代と大差無い生活が出来ているせいか、ここがただの別世界ではなく、剣と魔法が溢れるファンタジーの世界だということが、頭から完全に抜け落ちていた。

よくよく考えてみれば、王都に張り巡らされた高度なインフラは、全て魔法によって賄われているはずで、でなければ、化学が発達しているわけではないのに、ここまで高度な文明は築けていないはずだ。

(冒険者たちの凄い恰好も、小鹿亭で働いていたら、とっくに見慣れちゃったしなぁ……危ない危ない)

 突然訪れた危機を何とか逃れることが出来て、倫はふぅと息を吐いて、額に滲んだ汗を手で拭った。アーニャもほっと胸を撫でおろすと、気を取り直すように露骨に話題を変えた。

「ええっと、それで! そういう布が売っている魔法道具屋って、アリアは心当たりある?」

「ああ、もちろんあるよ。わたしの旦那の馴染みがやっている店があるから、そこならまあ大抵のものは揃うと思うよ」

 そういってアーニャは紙の端っこにすらすらと何かを書くと、その部分を千切ってアーニャに渡した。

「アリアの紹介で来たって言えば、下手な対応はされないよ。せっかくだし、今から二人で行って来たらいいんじゃない?」

「そうね、行ってみましょうか」

「えー、なんか楽しみ!」

 胸の高鳴りが抑えられず、倫は意気揚々と立ち上がると、アーニャはくすりと笑みを浮かべる。

「じゃあ、ちょっと二人で見てくるわね。ありがとうアリア」

「ああ、行ってらっしゃい。……っと、その前に。アーニャ、こっちおいで」

 アリアが手招くので、アーニャは不思議そうに立ち上がって、アリアの傍に向かう。

すると、アリアはアーニャに手を伸ばして、ぎゅっと抱き締めた。

「……勇気を出して話してくれたのは分かっていたのに、さっきはあんな風に突き放してごめんよ。何があってもあんたの味方で居るって、オリーヴに約束したのに、情けない所見せちゃったね」

「……っ」

 まるで小さな子供にするように、アーニャの髪を撫でながら、アリアは静かに言う。アーニャは何も言わなかったが、瞳の光が揺らぎ始めて、次第に、涙がぽろぽろと零れ落ちた。

 この家に来る前から大分緊張していたのに、母親の様に接していた女性から拒絶される恐怖というものは想像を絶するものだろう。倫はその光景を見て、呟きがひとりでに零れた。

「……よかったぁ」

 自分の無計画な行動が、アーニャとアリアの関係を脅かしてしまうことを、内心とても恐れていた。だが、二人の間には、こんなことでは揺らがないほど、確かな信頼があるのだとわかり、胸につかえていたものが、すっと溶けていくようなあたたかさを感じた。

 アリアがふと倫の方に顔を向いて、にこっと笑みを浮かべる。

「それに、いい友達を持ったね。わたしもリンのこと、気に入ったよ」

「えっ、やったー! アリアさんに言われるとなんかうれしー!」

 思わぬ誉め言葉に、倫は嬉しそうに腕を伸ばして小躍りしていると、アーニャもつられるようにして、涙に濡れた目を優しげに細めた。

「……ふふ、そうでしょ?」


「じゃあ、さっそく行ってきます!」

「商店街から帰ったらまた寄るわね」

「うん、いってらっしゃい」

 今度は晴れやかな気持ちで二人を見送り、アリアは窓から遠のいていく二人の姿を目で追う。少し前に見た背中は随分としょぼくれていたが、今の二人からは希望が溢れていて、時折見える横顔は心の底から楽しそうだ。

「……さて」

 呟いて、アリアは息を吐くと玄関先から離れ、リビングから続く廊下を通ると、子供部屋と書かれた木の看板が掛かっている部屋の扉をノックする。

「はぁい」

 扉越しからエリーの声が聞こえて、アリアはそこから声を掛けた。

「お母さんだけど、入るよ」

 そういって扉を開ける。エリーはベッドに座って、お気に入りの冒険小説を読んでいた。

「どうしたの? アーニャちゃんたちはもう帰った?」

 エリーは不思議そうに自分を見つめている。アリアはこれからやろうとしていることを想像すると、思わず胸が寒くなって、顔がどんどん強張っていく。

 未だに逡巡が身体を邪魔していて、何でもないと立ち去れば楽なのだと防衛本能が叫んでいる。

だが、それを振り払うように、頭を軽く振ると、大きく息を吐いて、エリーの隣に腰かけた。

「……あのね、お母さん、これからエリーの身体に起こることで、話したいことがあるんだ。聞いてくれるかい?」


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