2-2

「実験って、いったいなにするの?」

「ふふふ、まあ見てなって! アーニャ、それ返してもらっていい?」

 倫はひとり楽しげに笑って、アーニャに渡した生理用品を返してもらうと、周りを覆う紙のフィルムを全て剥がした。

「ここに一番のお手本があるんだから、色々勉強させてもらわなくちゃね~」

 そういって、倫は生理用品をまじまじと見る。倫が持っているものはいわゆる”羽つき”と呼ばれるもので、左右から伸びる羽でショーツからずれにくいように固定できるタイプのものだ。次は裏を見せて、糊がついている部分を指でぺたぺたと触れる。アーニャもそれを真似するようにして、恐る恐る指を伸ばした。

「わ、なんかべたべたするわね」

「そうそう。こうやって糊がついているのと、両端のこの羽で、下着からずれにくくなっているんだよ。でも、これは使い捨てだから糊で固定できるけど、布だとそうはいかないよね」

「確かにそうよね。その場合は……どうやって固定したらいいのかしら?」

「うーん、その代わりに何かで留めるとか……?」

 二人して暫く首を捻るが、倫はふるふると首を振った。

「と、とりあえずわかんないことは後回しで! 次は表面ね!」

 今度は生理用品を表に返して、指で触れてみる。先程触れた裏面とは違い、柔らかくさらさらとした心地よい肌触りだ。

「ここは直接触れる部分だから、肌に優しい素材じゃないとだめだね」

「これ、ふわふわして気持ちいいわね」

「うんうん。さて、次は……うわ~、勿体ないけど……」

 躊躇いながらも、倫は生理用品の端に、借りた鋏を入れた。アーニャは少し驚いていたが、倫は勿体なさそうにしながらも、生理用品を切り終えると、中を開けて見せた。

「お~、中身ってこんな感じになってるんだ」

「中に詰まっているのはなにかしら。綿?」

 中に敷き詰められていたのは、一見綿に似たような何かだが、それだけで無いことは倫にでもわかる。

「見るからに綿っぽいけど、実際何なのかはわかんないね。よし、じゃあ次は水を流してみよう!」

 そういって意気揚々と倫が花瓶を掴んだのを見て、アーニャは心配げに見つめる。

「えっ、大丈夫なの? 零れたりしない?」

「まあまあ、その時はその時でね」

 心配そうなアーニャを横目に、倫は楽しそうに呟いて、生理用品の表面に、ちょろちょろと花瓶の水を注いでいく。すると、花瓶の水は弾かれ零れることなく、するすると生理用品に吸収されていった。

「おー!」

「凄い! 全然零れないじゃない!」

 最初こそはらはらしながら見守っていたアーニャは感嘆し、一気に目を輝かせる。

「裏面は水を弾く素材を使っているから、下着に染みる心配は無いんだ。更にね、見てみて!」

倫は、もはや嬉々として実験する子供のように無邪気な顔で、生理用品を逆さにして見せた。

「ほら、逆さにしても零れないでしょ?」

「わ、本当だわ! 不思議ね……水が入ったあとの中身はどうなっているのかしら?」

「おっ、確かに。もう一回中を確かめてみよう」

 倫は花瓶をアーニャに預けると、鋏を入れて空いたところに、躊躇なく指を突っ込んで、中を探ってみる。

「ん? 何だろ、なんかつぶつぶしたものがある……?」

 思わぬ感触に、中身を掻き出すようにして指を引き抜くと、小さな魚の卵のような、つぶつぶしたものが付いてきた。水を入れる前にはそのようなものがあると気づかなかったが、これが吸収材なのは間違いないだろう。

「なるほど、これが水分を吸収して逃がさないようにしているから、逆さにしても零れないんだ! おもしろ~い!」

 盛り上がる倫を他所に、アーニャは自身の机から紙を取り出して、真剣な表情でメモを取る。

「吸収する素材ね……あとは、肌に優しい素材と、水分を通さない素材か……」

「あとは、何度も洗って使えるくらいの耐久性は欲しいかな。うーん、こうやって並べると、けっこうハードルは高いかもね」

「そうね。それに、その素材を集められたとしても、どうやって作ればいいのか分からないし」

「う、確かに……」

 倫は唸るが、アーニャは何かを考えている様子で、顎に手をやると、やがて口を開いた。

「でも、もしかしたら何とかしてくれるかもしれない人は、知ってるわ」

「本当⁉」

「えぇ。その人は裁縫がとてもうまくて、私に色々教えてくれたお師匠様みたいなものね。そして、とても信頼できる人よ」

「え、じゃあ……!」

 期待に胸を膨らませて、倫は思わず立ち上がりかけるが、アーニャの表情はすぐれなかった。

「最も、穢れの日の話を聞いてくれるかまでは、分からないけれど……」

 呟くアーニャの瞳には、不安が入り混じっていた。倫は表情を失って、すとんとベッドに腰かけなおす。

アーニャと普通に話せたことで忘れかけていたが、この世界では、穢れの日のことは女性同士でも話すのが憚れるほど、タブーなことだったのだ。

 もしかしたら、穢れの日の話を持ち出すことで、アーニャとその人との関係を壊してしまうかもしれない。アーニャはそれを口にはしなかったが、それを恐れているのを倫は感じた。

「……アーニャ、無理しなくていいよ。あたしたちだけでも、出来ることはあるはずだよ」

 倫は諭すように言う。だが、アーニャはふるふると首を振って、決意を固めた表情を向けた。

「いいえ、大丈夫。明日は丁度お店も定休日だし、会いに行きましょう」

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